2016/07/11

熱中症予防は緑の木陰で──烏山

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2016.7.11にアップしました。

 熱中症関連で耳にする「暑さに慣れてない体」を慣らそうと挑むも、当初は「クラ〜ッ」とくる瞬間もあるわけで、今回それを救ってくれたのは竹林の木陰でした。
 自然との距離感はなるべく近い方がいいと考える、日本人の絶妙なさじ加減を実感します(来る者は拒まず介抱してやる、のようにも)。
 都心のビル風でひと息つくことと、寺町での深呼吸は別物で、木々がやわらげてくれる空気こそ、熱中症を予防してくれるように感じます……

2016/07/04

丘の上が似合う学府──三田

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2016.7.4にアップしました。

 慶應義塾のルーツは、中津藩士 福澤諭吉が藩命により築地鉄砲洲(中央区明石町:聖路加病院近く)の藩屋敷に開校した蘭学塾(1858年:安政5年)で、1868年(慶應4年・明治元年)に年号から名称を定め、1871年(明治4年)に現所在地に移転します。
 三田の丘(三田段丘)に現存する施設としては最古参。キャンパスへの道はどこも坂道と「丘の上:応援歌」で歌い、右の東館アーケード上部には、「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」を意味するラテン語が記され、門前からも学府(丘の上)への坂道に威厳を感じます……

2016/06/27

June Brideをめざして!──浜松町

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2016.6.27にアップしました。

 竹芝桟橋は伊豆・小笠原諸島の玄関口ですが、付近にはホテル、パーティー会場に加え、クルーズウェディングが可能な船も停泊する、ウエディングエリアとしても人気の、船出の港でもあります。
 パーティーの出し物を練習する女子たちが、祝福よりも「はじけたい」姿に見えるのは、出会いのへ期待感や「次はわたしよ!」のテンションが高まるためでしょう。そんな、希望に満ちた活力がこの国には必要ですが、現代の若い男たちって、はじけてる?
 「純白」のドレスを汚すまいとの配慮は、きっと将来に生かされることでしょう。とても素敵なJune Brideでした……

2016/06/20

江戸っ子のひいき──赤羽橋

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2016.6.20にアップしました。

 江戸期、中ノ橋付近にあった久留米藩 有馬家屋敷内の「水天宮:久留米から勧請(分霊を他の地に祭る)」は、塀越しに賽銭が投げ込まれるほど庶民に信仰され、後に屋敷内のお参りを認めると、有馬家・情け深さを掛けた「なさけありまの水天宮」という地口(じぐち:駄洒落)がはやります。
 また、当時では異例の高さ三丈(約9m)の火の見櫓を建てると、有馬温泉(出身地)・水天宮・火の見櫓を掛けた「湯も水も火の見も有馬の名が高し」とされるほど、江戸っ子がひいきにしたのは、「ありま」の語呂が受けたような気がします。
 水天宮は日本橋蛎殻町に移転し、現在も信仰を集めますから、ご利益は健在のようです……(右は付近の元神明宮)

2016/06/13

気兼ねない麻布の下町──麻布十番

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2016.6.13にアップしました。

 交通手段がバス路線しかない時分は「陸の孤島」とされ、周囲の高台にある大使館等の施設からも坂下に位置するため、当時は「知る人ぞ知る」隠れ家的遊び場とされましたが、2000年地下鉄南北線開通から多くの人が訪れるようになり、町の評判は高まります。
 右のようなおばあちゃんの焼き鳥が健在なのは、個人経営中心の商店街が発展したためで、豆屋、蕎麦屋やたいやき屋等、庶民向けの店にはいつも人が群れています。交通の便が劇的に改善されてからは、売り上げが増えたとしても、地価や物価も上がり暮らしづらくなったのではないか……

2016/06/06

オアシスを断つ町づくり──元麻布

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2016.6.6にアップしました。

 麻布学園グラウンド下の狭い谷筋には、以前の水場に集まった住宅が残り、日本のオアシス(谷筋)の典型的な姿と出会えます。
 周辺にはいくつもの湧水が現存しますが、水量減少・水質悪化から上水に利用できないためそのまま下水に流されます。もったいない気もするが、六本木ヒルズ周辺では埋め立て(土を盛る)だけでなく、地下水脈を断つような工事が行なわれたのではないか?
 湧水を断ってしまうと土地は潤いを失い、やがて砂漠となりそうだが、水分を抜いて地盤の強度を高めることが都市整備と言われれば、反論の余地はありません。
 その一方、人工都市の上では、管理された水辺が人々を潤わせています……

2016/05/30

広島スピーチの理解者は日本人だけ?──南麻布

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2016.5.30にアップしました。

 オバマ大統領の米国内での評価は右肩下がりでも、任期の最初(プラハ演説)と最後(広島スピーチ)の年に信念をアピールしたことで、記憶に残る存在となりました(実現は遠そうだが)。
 米大統領の立場ゆえ、周囲から懸念される行動を押し通すには、並々ならぬ勇気が必要だったことでしょう。
 その機会を待ち望んだ被爆者および関係者の方々が、憎しみでなく未来を見据えて握手する姿に、苦しみ続けてきた年月と、残された年月で果たすべき使命にわずかでも光が差し、「生き残ってしまった」理由を納得できますように、と。
 そんな感情を抱くのは日本人だけかも知れないが、オバマ大統領の言葉が世界に響くことを祈るところです……

2016/05/23

格差を実感する──広尾

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2016.5.23にアップしました。

 丘の上に鎮座する超高額の「ヴィンテージ・マンション」の中はのぞけそうもないが、こちらも「べつにいいか」ってところです。
 日赤医療センターに向かう狭いバス通りが付近のメインストリートらしく、個人的には好感を抱くも、自治体の地域再開発ビジョンは、ヴィンテージ・マンションのようなイメージを目指したいのでは?
 夢で若者を踊らせるにも、肝心の頭数が増える見込みはありません。そんな時代なのにアベノミクスがアピールするのは、大きな金が動くビジネスの環境整備だけで、はなから庶民そっちのけの政策が、格差拡大を後押ししていると感じる場所柄です……

2016/05/16

「風街」に吹く風とは?──西麻布

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2016.5.16にアップしました。

 付近を調べるうちに、忘却の彼方に消えていた「風街」というイメージに再会します。作詞家の松本 隆が「はっぴいえんど」時代(2ndアルバム『風街ろまん:1971年』)から表現し続けるもので、彼が生まれ育った西麻布界隈を思い描いたものらしい。
 周辺には、いまもバブル期の遺構のような装飾過多な建物が目に付きますし、そこで働く連中には『風をあつめて』? 「金を」じゃないの? と返ってきそうな空気が漂います。
 谷筋で風があつまる場所柄は変わらないとしても、現在この町には、どんな風が吹いているのだろうか……

2016/05/09

墓地と基地──南青山〜六本木

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2016.5.9にアップしました。

 右の米軍施設は、2.26事件の拠点が戦後接収されたもので、アメリカ大使館や米軍宿泊施設「ニュー山王ホテル」に近いため、キャロライン・ケネディ大使も利用していそうです。
 1985年ヘリポート地下のトンネル工事の際、代替地として提供した青山公園の一部は工事後も返却されず、新旧のヘリポート用地を総取りされます。そんな状況に「アメリカ側は応じない」と手をこまねいた日本という国は、何という「おひとよし」かと呆れます。
 トランプ発言に対しては、「この施設は不要なので、金は払わない」(アメリカは選択権を認めず金を払えと恫喝するのか?)と言ってやればいい!

2016/05/02

陽光のいざない──根津美術館庭園

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2016.5.2にアップしました。

 燕子花(かきつばた)の花が開く前から「燕子花図屏風:国宝」を公開する、季節感先取りの演出は申し分ないものの、花の時季は人気のあまり、庭も絵も落ち着いて見ていられないようです。
 確実に増えたと実感する海外からの見学者に、桜が散った後の新緑の楽しみ方を伝えられれば、四季の中で生きる日本人の理解につながるのでは? とも……

2016/04/25

狭さは文化を生むが……──青山〜広尾

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2016.4.25にアップしました。

 近ごろ青山学院の自慢は箱根駅伝2年連続優勝なので、レンガの外壁に貼られる長〜いポスターに「来年も?」と目が止まります。
 原 晋(すすむ)陸上部監督が語る「メンタル」「体幹」強化の重要性は、近ごろよく耳にするテーマで各校も取り組むと思うが、ぶっちぎりの強さを生み出した指導法には、これまでの体育会系に欠けていた「繊細さ」があったのかも知れません。
 学内には、渋谷川水系「いもり川」の水源がありましたが、正門前の国道246号線付近は原宿側(旧穏田川)との分水嶺ですから、高台の狭い様子がうかがえます……

2016/04/18

再開発しても広くならない──渋谷〜恵比寿

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2016.4.18にアップしました。

 渋谷駅再開発工事は「平成37年完成予定」と目にした瞬間、駅の姿は二の次で、その頃の自分はどうなっているのかと、遠い未来に思いを馳せてしまいます。
 これまで駅ビル(東急東横店)の地下を通っていた渋谷川は、流路変更+地下貯水槽が設置されますが、バスロータリーの地下には現在の東横線渋谷駅があるため、地下の構造物も隙間なく設置されるらしい。
 新設された東横線地下ホームが以前と同様狭いように、再開発しても土地は広くなりませんから、地上も地下も窮屈な渋谷らしさは変わらないようです……

2016/04/11

狭い場所が落ち着く?──渋谷

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2016.4.11にアップしました。

 繁華街は表と裏の共存で成り立ち、裏の存在は男女の意識下に刺激をもたらしますが、近ごろは父親に代わり「こんな場所でデートするんじゃない!」と、いらぬ世話をやきたくなる…… そんな場所でのドキドキ感は当事者にしか分からないので、いい経験となることを。
 繁華街での競争は激しく、目先を変えるリニューアルや、店の入れ替わりも頻繁なため、目的の店が無く途方に暮れる人をよく見かけますが、その多くは「記憶違い」ではないか?
 「あったはずなんだよ!」が、あったのか、元々なかったのかはどうでもよくなり、「とりあえず入るか」に追い込む集客力が、繁華街の作戦と言えそうですが、飲屋街へ足を踏み入れた瞬間に、のどから手が出てしまうわたしは、格好のカモです……

2016/04/04

花見は人見──馬事公苑、砧公園

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2016.4.4にアップしました。

 人出の多い公園では雰囲気に舞い上がり、桜の森の満開の下で「狂う?」やからを目にしますが、そんな姿に春らしさを感じるわれわれも、浮かれているようです。
 普段の酔っ払いはうっとうしく、蹴飛ばしても分からないだろうと思うも、花見の晴れやかさは理解できるため、迷惑がなければ許せる寛容さを持てます。都市部で暮らす者は、収穫の秋を迎えるよろこびを実感できないため、町でも感じられる桜の満開を、「祭り」として体現したくなるのかも知れません。
 全員が名札をつけた集団は「花見 de 合コン」らしいが、盛り上がり過ぎて失敗するヤツの方が多いんだろうなぁ、とも……

2016/03/28

「春の小川」の遊び方──参宮橋

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2016.3.28にアップしました。

 右は「渋谷はるのおがわプレーパーク」。
 プレーパークとは、ブランコやシーソーなど既成の遊具を設置せず、一般の公園では禁止される木登り、穴堀り、たき火などを可能とし、「自分の責任で自由に遊ぶ」を基本ルールとした遊び場のこと。
 樹上に築いたやぐらからの眺めや爽快感は格別なのに、そこでスマホなんか見ていたら取り上げたくなります。
 それにしても女の子ばかりとは、どういうこと? われわれも親をガッカリさせたように、子どもに期待することは間違いと思いながらも、「仕方ないじゃん」と言われたら力が抜けてしまいそうです……

2016/03/21

珍しいものを見る目──代々木上原

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2016.3.21にアップしました。

 小田急線の車窓から見えるモスクは、「東京ジャーミイ・トルコ文化センター」として2000年に再建されたもので、現在は再建を支援したトルコ大使館に所属するそう。
 トルコの前身オスマン帝国(多民族・多宗教国家)は、第一次世界大戦の敗北で分断されて以来、民族問題や隣国との火種を抱えます。
 ムスリムの国籍は多様であっても、どの国でも同一の教典が読まれるのですから、「目には目を…:犯した罪は自分に返ってくる(犯罪抑止が本来の趣旨)」の解釈は同じであるべきで、過激派組織の勝手な解釈は許されるものではありません……

2016/03/14

路地をさまよう習性──原宿

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2016.3.14にアップしました。

 週末の表参道は上京組が多いため、目的を持った(バーゲン?)人の流れに見えますが、路地にあたるキャットストリートには、のんびり散策を楽しむ雰囲気が感じられます。
 ここは、暗きょ化された旧穏田川(渋谷川)上に整備された遊歩道で、路地に潜む店舗を求めて歩く若者の姿は、新橋の路地裏をさまようオヤジと変わらないのでは?
 右はキャットストリート(右)と旧隠田川(左)の分岐点で、以前同じ場所の写真を目にした記憶があるが、誰が撮ってもおもしろい絵に……

2016/03/07

記憶の上書きが可能な町──新宿

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2016.3.7にアップしました。

 渋谷川支流とされる旧原宿川沿いの通りには、ウインドウショッピングや散策が楽しいシャレた雰囲気の店舗が、北参道方面へと続きます。
 ですがそんな地域も、終戦直後は都内屈指の「温泉マーク街」(懐かしい表現)とされたそうで、所々に残る古い建物に息づく生活感からは、世代交代を含む「地域更新」は始まったばかりとも。
 そんな地域再生を後押しするのが、以前の記憶が上書きされても「仕方ない」とあきらめ、前しか見ようとしない東京という町の「都合のよさ」かも知れません……

2016/02/29

爆買い最後の春?──新橋

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2016.2.29にアップしました。

 中国の春節休み中の銀座八丁目付近には、視界の中はすべて中華系観光客で埋め尽くされているのでは? という光景が広がります。
 歩行者天国手前では、次々到着するバスから観光客がゾロゾロ降りてきますし、観光客目当ての中華系路上セールスが待ち構えていたりと、言葉ばかりか空気にも「ここは日本じゃない!」との喧噪感が漂います。
 中国バブルの雲行きもあやしそうなので、春の風物詩(?)の爆買いツアーも見納めとなるかも知れません。売り上げが落ちる時期を「二八(にっぱち)の救世主」に助けてもらったんだから、自立せにゃと言いたいところですが……

2016/02/22

オヤジの聖地包囲網──虎ノ門

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2016.2.22にアップしました。

 新橋周辺では、汐留再開発、イタリア街に続いてシャンゼリゼと、オヤジの聖地包囲網が迫り、JR高架橋の耐震補強工事によりガード下の古い店舗が整理されたりと、再開発は秒読み段階なのか?
 近ごろの繁華街では、高度成長期を支えた建物が更新時期をむかえると、地域のイメージアップに再開発計画を考えたくなるらしい。
 オヤジの街頭インタビューで露出が多いことよりも、「新しい街に生まれ変わりました!」と、胸を張りたいようです。
 再開発後のこぎれいな飲み屋で、行儀よくお飲みなさいとされても、居心地の悪いオヤジたちは立ち寄らなくなります。
 動き始めたら、あれよあれよとオヤジの聖地は消えゆくのか……(右は愛宕神社の結婚式)

2016/02/15

坂との付き合い方 ──紀尾井町

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2016.2.15にアップしました。

 上智大学脇から大刀洗川支流の清水谷が始まり、ホテルニューオータニ前に清水谷公園の緑が残ります。明治維新の立役者大久保利通は付近(紀尾井町)で暗殺されたため、公園に追悼碑が建てられます。
 紀尾井町の名は江戸時代、紀伊(紀州徳川家)、尾張(尾張徳川家)、井伊(井伊家)の屋敷があった地、に由来するそう。
 屋敷の作庭には、急な斜面もおもむきとして活用できますが、そんな場所を町にすると、突然の階段や無理矢理坂道にする箇所が生じます。旧赤坂プリンスホテルの建て替えでは、「これが現代の坂との付き合い方」と言うかように、なだらかな坂の部分まで掘り返してビルを建てていました(赤坂じゃなくなっちゃう?)……

2016/02/08

新たな夢を築く地──国立競技場跡地

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2016.2.8にアップしました。

 解体・整地後は、 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向け、新たな夢を築き始めるはずの国立競技場跡地は野ざらしのままです。
 競技場設計やエンブレム見直しの際に「透明性を重視」と耳にしたが、競技場設計ではA案・B案をチラッと見せて、すぐに決定されました。不正防止のため応募詳細を公表しない姿勢は理解するも、国民が抱く不信感の払しょくにもう少し努力が必要ではなかったか……

2016/02/01

谷で接した「天と地」──赤坂御用地

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2016.2.1にアップしました。

 鮫ケ橋は元の鮫川に掛けられた橋で、付近で信濃町駅方面からの千日谷と合流するためたびたび氾濫したらしく、下水となった現在も隣接の公園地下には調整池が設置されます。元の流れは赤坂御用地の池に注ぎ外濠に至りましたが、江戸期の付近には火葬場・岡場所(私娼の歓楽街)があり、明治期は東京最大の貧民窟だったとのこと。
 赤坂御用地の正門である「鮫が橋門」はその橋のたもとにあります。1873年(明治6年)皇居が焼失し明治天皇がこの地に移った際は、治安の悪そうな門を出入りしたのだろうか?
 当時の元帥にそんな心配は無用かも知れないが、庶民はどんな思いで眺めていたのだろう……(右は迎賓館)

2016/01/25

ランナー&ライダーの聖地──皇居外苑

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2016.1.25にアップしました。

 竹橋交差点で信号待ちの際、すぐ脇から複数の「ガチャガチャ」音が聞こえてきます。北の丸公園への坂道に向かうバイク(自転車)集団のギアチェンジの音です。
 上り坂は、離されると差が広がる踏ん張りどころなので、懸命な姿には迫力があります。
 歩道を走るランナーと違い、車道を走る自転車は信号に止められそうですが、あるタイミングで信号を通過できれば、いくつか先の信号までスルーできる、などのプランがありそうです……

2016/01/18

国が反省を示す地──北の丸公園

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2016.1.18にアップしました。

 若者も「武道館」と漢字で書けるでしょうが、コンサート会場と認識する人の方が多いように感じます。この施設は、柔道が1964年東京オリンピックの正式種目とされた際に会場として建設されたもの。
 その後柔道は世界に広まり、日本の金メダルはゼロの大会もあるほどですから、世界の柔道家には講道館同様の聖地かも知れません。
 五輪から2年後のビートルズのコンサートに際し、「日本の武道を冒涜する」の声が上がるのも分かる気がしますが、「BUDOKAN」はいまや世界のミュージシャンに知られる存在となりました……

2016/01/11

江戸城をめざした玉川上水──半蔵門

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2016.1.11にアップしました。

 玉川上水の終点、四谷大木戸から半蔵門へと続く新宿通り沿いの、麹町付近で発見された江戸水道幹線の遺構は、江戸城内に上水を供給するための施設とのこと。
 これまで、玉川上水のおかげで武蔵野台地に耕地が広がったと紹介しましたが、最大の目的は江戸城への上水供給なので作物も大切ですが、当然将軍様の上水確保が最優先でした。
 以前は内濠に供給されるも、現在は最下流の馬場先門付近から取水〜浄化し、付近に放水するそう。
 半蔵門周辺には通ったことや訪問の機会も多かったが、記憶からスポッと抜けていたため、忘却の彼方から呼び戻しながらの楽しい散策となりました……

2016/01/04

年末年始の風景──東京都、神奈川県

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2016.1.4にアップしました。

 現在、鎌倉鶴岡八幡宮参道の「段葛:だんかずら」は補修工事中で通行できません(2016年3月完成予定)。桜並木も植え替えているらしくお花見もお預けとなりそうですが(すぐキレイには咲かないでしょう)、いつかやらねばならないのでしばらくは我慢のようです。
 2010年3月に倒れた大銀杏の古木と、「ひこばえ:若芽」のサイズ感の違いに、樹齢1000年とされた大木となる頃は、この国はどんな姿になっているのか? とも。
 これまた1000年続くのであろう、新年の神職アルバイト諸君が持ち場へ向かいます……

2015/12/28

空の広さも皇居の魅力

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【東京都】──「内濠を歩く_1」
2015.12.28にアップしました。

 高校生時分は映画『スター・ウォーズ』第一作(エピソード4)を、当時の日劇で観たいとミーハー的感覚で映画街に足を運びましたが近頃は機会も減り、ビル群を抜け皇居に接した際の「空が広い!」感慨も忘れていました。
 近頃ではビルが高くなった分、そのインパクトは大きくなったのではないか?
 新作『スター・ウォーズ』公開の騒ぎはどうかと思いましたが、ハリソン・フォード&ファルコン号をチラつかせる宣伝には、第一作のワクワク感がよみがえってきます……

2015/12/21

潮が香る町名──日本橋○○町

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【東京都】──「日本橋川を歩く_5」
2015.12.21にアップしました。

 小網神社の「どぶろく祭り:新嘗祭」で「ススキミミズク」(有料)が配られる慣習は、川向こう「茅場」町が一面の葦原だった時分から続くのではないか。
 右は同神社の、まゆにおみくじを入れた「まゆ玉おみくじ」で、そんな使い方は「おカイコ様に申し訳ない」ように思うが、一本の糸で紡がれたまゆのように「縁が一本の糸で結ばれますように」と願うものらしく、その説得力に女性が引き寄せられています……

2015/12/14

西洋化の実験場──兜町

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【東京都】──「日本橋川を歩く_4」
2015.12.14にアップしました。

 明治維新当時の周辺は「西洋化の実験場」のようで、競って西洋風の建築物を造りましたが、関東大震災の被害を受けたことで、耐震性を意識した「日本向け西洋建造物」が生み出され現代に至ります。
 銀行:第一国立銀行、郵便局:日本橋郵便局、百貨店:三越など「日本で初めて」とされる施設が、五街道起点の陸路や、当時日本橋にあった魚河岸への水路が開けた、流通の中心地で始まったのは当然と言えそうです。
 付近に通された日本初の私鉄「馬車鉄道」は、路面電車〜東京市電(後の都電)となります……

2015/12/07

日本の中心を歩く──日本橋

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【東京都】──「日本橋川を歩く_3」
2015.12.7にアップしました。

 右は日本銀行の紋章で、6個の千両箱の上に立つライオンが、両側から「日」の図案を支えます。
 建物の設計者 辰野金吾(東京駅も設計)が、イギリスの国章など、ライオンをあしらう欧州の紋章にならったものらしいが、日本と関わりのない動物ですから、それこそ「欧米か!」です。
 当時日本であまり知られない動物を用いることで、「開国の世」をアピールし、視線を世界に向けさせる狙いがあったのか?
 「聖徳太子像の5千円札」の絵柄として馴染みのある世代は、ガキでも「百獣の王」の認識を持っていましたから、「強さ」の象徴程度には感じていたのだと思います……

2015/11/30

大手町で振り返る夢

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【東京都】──「日本橋川を歩く_2」
2015.11.30にアップしました。

 気象庁内の「気象科学館」に向かう道すがら、いまも抱く「自然現象観測」への関心は、小学時代の天体観測に始まり、新田次郎さんの小説により肉付けされたのであろうと、10代のあこがれがよみがえります。
 夢の実現はもう無理ですが、アンテナを張り続けていれば知識や視野は広まるもので、自分なりの満足感は得られると納得できましたし、今回の訪問でいい夢を見ていたことを、再確認しました……

2015/11/23

自由な空気感が心地いい──神保町

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【東京都】──「日本橋川を歩く_1」
2015.11.23にアップしました。

 神保町の中心を東西に分断する靖国通りには、「文化の境界線」とも言えるギャップが横たわります。
 南側の古書店街に対し、北側の裏道は歓楽街的な町並みで、気軽に入れそうな雰囲気だけに、大学街から本を探しに来た学生を手前で誘い込もうとする関門にも見えます。そんな立地から「人生劇場:パチンコ屋は健在」なのかとも(左奥ピンクの看板)。
 ですが、付近の気取らない店に集まるオヤジの様は、希少本に限らず「中古で十分」と古本を物色する精神に通じるようにも……

2015/11/16

お堀を活用する──市ヶ谷〜飯田橋

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【東京都】──「神田川を歩く_外濠2」
2015.11.16にアップしました。

 以前のお堀には、市ヶ谷の釣り堀に加え、飯田橋ボート場の景色から、レクリエーション施設の印象がありましたが、現在はおしゃれな水上カフェが憩いの場となっています。
 飯田橋駅に隣接するが、人・電車・道路の騒音も、凹地のお堀では気にならないらしく、決してきれいなみなもではないが、都心に「なごみ?」をもたらしてくれるようです……

2015/11/09

江戸城へ続く分水嶺──四谷

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【東京都】──「神田川を歩く_外濠1」
2015.11.9にアップしました。

 旧玉川上水の大木戸水番所付近から四谷に向かう新宿通りは、周辺の分水嶺(尾根道)を通されます。北側の旧厚生年金会館付近の坂は早稲田方面に続く神田川水系、南の新宿御苑の斜面は渋谷川水系と知ると、ここが江戸市中への配水地にふさわしい場所であると納得できます。
 水は高所から低所に流れることは、誰もが目で見て理解できますから、「どこを通せば江戸城まで水を届けられるか?」という道筋探しは、楽しそうにも感じられます……

2015/11/02

極楽に求めるもの──極楽寺、七里ケ浜

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【神奈川県】
2015.11.2にアップしました。

 右のような駅舎で旅情にハマると、待っていた電車が到着しても、発車の光景を眺めたくなったりします。
 その後も反対の電車〜もう一本と眺めるうちに、夕刻の景色はもっといいのでは? と、きりがなくなります。
 時間のある学生時代ならいつまでも座っていられたが、「写真は撮れたから、急がねば日が暮れる」と腰が軽くなったのは、「限りある自由時間」が身にしみるオヤジの体内時計のせいだろうか……(切実な意味ではありません)

2015/10/26

気取り方も庶民的──湯島

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【東京都】──「神田川を歩く_40」
2015.10.26にアップしました。

 池之端の交差点で、着物姿をバッチリ決めたオヤジが、足早に横断歩道を渡っていったのは、ここで待ち合わせのためだったようです。
 年相応の着物柄が似合うカップルは、夫婦や不倫の間柄ではなく恋人的な? いい感じの関係に見えます。
 屋内では楽しそうにはしゃぐ二人に、何度も行く手を阻まれたので、どこかで撮ってやろうと狙っていました。
 明治期の洋館を背景にしてもはえる着物は、日本の文化として胸を張れる衣服と感じられましたし、こんな格好でデートしてみたいとも……

2015/10/19

動物も活発な季節──Ueno Zoo

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【東京都】──「神田川を歩く_39」
2015.10.19にアップしました。

 動物園をひとまわりし親がひと息つく頃合いに、「もう終わり」と感じた子どもが「帰りたくない」と粘ろうとする姿は、自分のガキ時分にも思い当たるような気がします。
 その状況で親が発する「また来よう」という空約束に即効性はあっても、親もガキ時分に経験したであろう「うそつき」という印象を、植え付けかねません。
 しか〜し、ガキってのは結構たくましく、その言葉を引き出せばそれをネタに「ねだれる」との思いから、「とりあえず引き下がるか」と、取引を画策しながら知恵を付けていくのかも知れません……

2015/10/12

上野公園でデート なう

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【東京都】──「神田川を歩く_38」
2015.10.12にアップしました。

 噴水周辺のベンチに座るアベック、女性同士、ひとりぼっちの男もスマホに夢中という姿には「そんなの家でやれよ!」ですし、噴水に歓声を上げる子どもの脇で、親が手元に夢中で大丈夫なのか?
 二人の「スマホタイム」が楽しいのは、それぞれのスマホに隠される秘密の隣から相手とつながるスリルだったりして?
 秘密を持つ人は相手にも…と、のぞきたくなる「秘密の匣」に見えたりするのでしょう。マイナンバー導入後の情報漏洩は、大迷惑でも責任を問えますが、スマホがのぞかれるのは自己責任ですし、その先には地獄が……

2015/10/05

下町ワンダーランド──谷中

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【東京都】──「神田川を歩く_37」
2015.10.5にアップしました。

 寺の墓地沿いに続く狭い路地から、心細そうな表情の外国人観光客が何組も現れます。迷い込んだのかと路地に入ると、これぞ傾斜地の生活空間という光景に出会います。
 坂道が突き当たる斜面には、近所の自治会で作ったような狭い階段があり、湧水がありそうな斜面下の井戸(右下:○○家専用とある)は現役のようです。以前付近には湧水があり、現在の路地を流れた水路沿いに人が住み着いたのではないか?
 寺の境界に続く寂しげな路地まで、海外向けのガイドブックに掲載されるとは驚きですが、Wonderlandとして楽しめる一画なのでわたしもオススメです!

2015/09/28

ジジイがカッコイイ!──根津神社例大祭

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【東京都】──「神田川を歩く_36」
2015.9.28にアップしました。

 ジジイがカッコイイ! 目指す「粋」とはこんな姿か?
 旦那衆のゆとりあるまなざしが、同伴のビシッと着物で決めたどこぞの女将(?)の心をつかむのでしょう。
 右の「祭」を背負うのが親分格で、「千駄木」を背負う左は取り巻きのように見えますが、幼なじみ的な「マブダチ」としたら、男にとって最高の仲間ではないか?
 男のかっこ良さとは、包み込むような「懐の深さ」がジワッとにじみ出す、貫禄や存在感に違いない! 
 いまからそんなジジイを目指しても、間に合いそうにありません……

2015/09/21

ペンの力は何処に?──旧藍染川

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【東京都】──「神田川を歩く_35」
2015.9.21にアップしました。

 東京大学合格者数 34年連続首位(1982〜2015年)の無敵ぶりを誇る進学校「開成学園」は西日暮里にあります。
 2014年度の合格実績は、東京大学:158名(157名進学)、慶應義塾大学:191名(50名進学)、早稲田大学:225名(33名進学)と、早慶を滑り止めにする連中が国の中枢省庁に入るようです。
 校章は「ペンは剣に優れり」を示すが、近ごろ「武力には、武力の圧力を」が世界の潮流らしく、ペンの存在感は薄まるばかりです。
 現在幹部の卒業生に失望するわれらは現役の生徒に、政治家の暴挙に「ペンの力」で立ち向かって欲しいと願っても、ペンの力など通じない世界と知った瞬間から、保身的行動に向かってしまうのだろうか……

2015/09/14

人のふり見て我がふり直せ──旧谷田川

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【東京都】──「神田川を歩く_34」
2015.9.14にアップしました。

 遠いので詳しく分かりませんが、右は近所のばあちゃんに何かを説明する姿に見えます。
 下町っ子の心情には「おせっかい=思いやり」の勝手な思い込みがあるようですが、受け手側の気遣いも含めて「下町人情」と言うのでは? と感じた光景です。
 おばちゃんの説明は延々と続くので、ばあちゃんは、ありがたいけど「もう少しゆっくり話してくれ…」の様子に見えたのは、自分も母親に説明する際、反応の鈍さにイラついて矢継ぎ早に話してしまうことを思い出したからです。
 人のふり見て我がふり直せと、反省です……

2015/09/07

人が流れ込む旧川筋──旧石神井川

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【東京都】──「神田川を歩く_33」
2015.9.7にアップしました。

 旧谷田川が暗きょ化されると、周辺に店舗が集まり始め「霜降銀座商店街」が誕生します。
 町は水辺に栄えますし、水路を新たな道路に利用できるのは便利ですから、旧川筋に人が流れ込むようになります。
 流れ込む水のごとく様々な人を受け止めるための工夫に加え、若者にアピールする飲食店も目に付きますから、「地元で事足りる」下町商店街ここにあり! の印象です……

2015/08/31

これが日本のおもてなし──白山付近

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【東京都】──「神田川を歩く_32」
2015.8.31にアップしました。

 庭木職人さんの手元を見ていると、何と、松葉を一本ずつ間引いているらしい。なるほど、これまで庭園の庭木に感じた細やかさは、「そこまで神経を使うの!?」という職人さんの地道な手入れに支えられていたようです。
 この姿に接し、「日本のおもてなし」を支える裏方仕事を味わうには、受ける側にも観察眼が要求される奥深さがあること、実感しました。
 継承と工夫で観る者を楽しませる姿の、何という美しさ!

2015/08/24

行楽地だった川の記憶──旧谷端川-2

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【東京都】──「神田川を歩く_31」
2015.8.24にアップしました。

 大塚には三業地(料理屋・置屋・待合が営業)があり、マイナーながらも花街(かがい)の顔を持ちます。
 1919年に始まり、最盛期には芸者も150名を数え、F1ドライバーのミハエル・シューマッハも訪れたそう。
 山手線内側の旧谷端川沿いに広がり、現在も営業中と思われる料亭がありますが、掲示される「大塚芸者」の新聞切り抜きは日付が古く、「大塚三業組合」ホームページもアクセス不可なので、現在の営業については確認が取れません。
 川沿いに遊興地が開けたのは、川が行楽地とされた時代背景によるのでしょう……

2015/08/17

川辺に駅を誘致した──旧谷端川-1

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【東京都】──「神田川を歩く_30」
2015.8.17にアップしました。

 以前、山手線大塚駅に地下鉄建設が計画されるも、旧谷端川に面するため困難とされたそうですが、現在の鉄道路線が旧谷端川と交差する付近には、どこも駅が存在します。
 都市化により川は姿を消しても、町が水辺に発展した痕跡は駅という姿で残されます。
 そして、町をつなぐ役割は鉄道に引き継がれています……

2015/08/10

「闇市の本場」池袋──旧水窪川

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【東京都】──「神田川を歩く_29」
2015.8.10にアップしました。

 池袋から少し離れた自衛隊朝霞駐屯地には終戦まで陸軍施設があり、米軍接収後「キャンプ・ドレイク」とされ、朝鮮戦争・ベトナム戦争の後方支援基地となります。
 基地からの流出品が集まる池袋では闇取り引きが横行し、当時「闇市の本場」と表現される地域だったようです。
 巣鴨プリズン(戦争犯罪人の収容施設)は、接収前+返還後も東京拘置所とされたため、地域にとってサンシャインシティの再開発(1978年)は、まさに日が昇るような希望の光だったのではないか……

2015/08/03

旧川筋に続く営み──旧弦巻川

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【東京都】──「神田川を歩く_28」
2015.8.3にアップしました。

 池袋ウエストゲートパーク(西口公園)では「東京フラフェスタ in 池袋」が開催されています。
 152チーム(約4,000人)の老いも若きも(子供たちも練習する)が集結するイベントですが、ムームー(ハワイ女性のドレス)姿のおばちゃんが多く、喫煙所はスナックママの溜まり場のよう……
 われわれには「フラダンス」の表現がなじみますが、「フラ」はダンスの意味も含むハワイの宗教的総合芸術を意味します。
 こちらも宗教的行事とされるリオのカーニバルでは、サンバでパッションを爆発させますが、島国育ちとしてはフラに込められる心情に親近感を覚えます……