2019/06/24

The Imperial Palace(皇居)

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2019.6.24にアップしました。

 近頃、外国人観光客がどこを歩いていても違和感を覚えなくなったのは、こちら側の感覚が慣らされたためで、ゾロゾロ押しかける「外圧」の迫力に、島国人も徐々に心を開かされているようにも。昭和期に盛んだった団体旅行の経験しかない世代の、拒絶せずとも気後れする人々は、町を歩きづらくなったのではないかと(わたしは通じないとジェスチャーになります)。
 ですが今後は、令和天皇・皇后が通訳なしで海外要人と会話する姿を目にする機会が増えそうなので、コミュニケーション能力を身につけようとする気運が高まりそうと……

2019/06/17

スマートになったビジネス街──大手町

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2019.6.17にアップしました。

 再開発で街並みがキレイになったと感じるのは、ビルの足元をすぼめて高層化したことにより空いた土地に歩道や緑地帯を整備したためで、とても歩きやすい町になりましたが、ビジネス街に温泉旅館や牧場という付録は不要と感じます。
 高層化された分だけ労働人口も増えますから、一帯の人口密度は高まる一方で、昼時のランチ競争も激しくなったのではないかと。仕事にかまけてランチ時間を逸し食いっぱぐれてしまうと、ロクなものを食べられませんしコンビニの棚も空になってしまいます……

2019/06/10

日本の中心にて──東京駅

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2019.6.10にアップしました。

 KITTE 6階テラスから眺める駅前広場はヨーロッパの街のようで、ミニチュアのような人影が思い思いに動き回る姿は見ていて飽きないし、修学旅行生の列ができても広さにゆとりがある様子に、これって重要! と感じたりします。
 以前の映画で目にした、車から降りてすぐ駅に駆け込めるような車の利便性優先から、人の往来を尊重する構造とされた姿に、これまで国が推進してきたことは、国民に便利そうと感じさせ企業の成長を後押しするもので、生活しやすさの向上ではなかったように思えてきます……

2019/06/03

遺産を生かすのが文化では──丸の内

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2019.6.3にアップしました。

 江戸時代の丸の内に並んだ大名屋敷は、明治期に取り壊され陸軍兵舎・練兵場となりますが移転後は三菱財閥に払い下げられ、日本の中心地は三菱に牛耳られることになります。当時の財力がどれほどか想像できませんが、重要文化財として残される明治生命館(三菱グループ)には「うわ、すげぇ!」と圧倒されます。
 その一方、1968年解体〜2009年復元の三菱1号館美術館では、歴史的建造物保存に非協力的な三菱の姿勢が各方面から非難されました。現在の丸の内ブリックスクエアは「おしゃれな中庭」との評判から、ベンチには女性がビッシリ並ぶ人気ぶりで、商業的には成功に見えますが、歴史遺産を生かさずに新しい文化は生まれるのだろうか……

2019/05/27

行事が告げる季節感──京橋

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2019.5.27にアップしました。

 江戸時代から大相撲開催前日には、太鼓を打ち取組を知らせて回る「ふれ太鼓」がひいき筋を巡回してきたそうです。正装で挨拶を受ける姿には、祭事(奉納行事)の使者を迎えるような姿勢が感じられ、大相撲を季節の行事として受け入れる生活の暦が、現在の都心でも受け継がれているように。
  町並みは移り変わっても、人の営みが途絶えることは寂しく感じるため、慣習は可能な限り続けたいとの思いはとても理解できます……

2019/05/20

八重洲は後回し?

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2019.5.20にアップしました。

 東京駅は、丸の内口に皇居へと続く行幸道路が整備され、反対側に雑然とした八重洲繁華街があることで、トータル的にバランスが保たれる印象がありましたが、丸の内側再開発に目処が立った時分に八重洲側のヤンマービルが消えた光景を目にすると、「後回しにされただけ?」と、優先度の格差を感じたりします。
 駅舎は江戸期から繁華街のあった八重洲側ではなく、皇居と向かい合う丸の内側に建設され(皇居最優先は理解できるが)、その後しばらくの間は改札もなかったことも、国の姿勢のように……

2019/05/13

下町色残る日本の中心地──室町

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2019.5.13にアップしました。

 徳川家康は江戸時代、日本橋を五街道の起点として周辺に人・物資を集め日本の中心地としますが、もてはやされた京都へ向かう東海道側は日本橋の町名でも、北側の土蔵(室)が立ち並んだ地域は室町とされます(京都の室町にならったとも)。現在では橋を中心とした一帯が日本橋とされますが、江戸時代は「ウラ日本橋」的なイメージだったようにも。
 日本橋川の北側は神田明神の氏子地域(丸の内・大手町も含まれる)なので、5月11日の神田祭 神幸祭(しんこうさい)には三越前を山車行列が巡行します。

2019/05/06

「10連休」は最強の呪文──葛西臨海公園

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2019.5.6にアップしました。

 「10連休」の言葉には「言った者勝ち」的な力があり、「もちろん休みます!」「国民の権利ですよね!」など、日の丸を後ろ盾とした(?)強気な主張のため受ける側は窮してしまい、その言葉が発せられる前に釘を刺さねばと腐心された方も多いのでは?
 休むためなら前倒しの仕事がきつくても我慢できますが、休日だから働く人(繁忙期)、休めない人、休みたくない人もいますから、今回のような祝祭であっても分散して休めるような受け皿を用意すべきではないか(混雑を避けられれば遠出も選択肢になる)。
 とはいえ、機を逃すと休めないのも確かで、「10連休」という呪文に乗っかった方も多いのではないか……

2019/04/29

時代──日本橋

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2019.4.29にアップしました。

 日本橋高島屋の玄関には平成天皇・皇后の成婚パレードで使用と同型の儀装馬車が展示されており、この日お二人で見学された様子をニュースで目にしました。
 同時代で知る天皇は二人ですが、ひとり矢面に立たされた昭和天皇以上に、人々と同じ目線で対話するよう努めた平成天皇からは、象徴天皇を模索する強い意思が感じられました。もちろん天皇の努力に違いないが、皇后のサポートや助言が大きな役割を果たしたことと(嫁ぐ際の心意気を貫いた姿勢は立派)。
 大きな災害は多かったが、戦争のない時代として終えられたことを昭和天皇に報告することが、平成天皇の使命だったのかも知れないと……

2019/04/22

身の危険を感じる──茅場町

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2019.4.22にアップしました。

 茅場町駅は地下鉄 東西線と日比谷線の接続駅で、乗り換えの階段は西船橋(北千住)側しかないため、朝夕のラッシュ時には大渋滞します。混雑は仕方ないも、狭いホームですれ違う際には、転んだ巻き添えで線路に転落する身の危険を感じます。注意を促すための人間ホームドア(ホームの端で両手を広げて並ぶ)を考えた人は、自分でその場に立ったことがあるのだろうか?
 日本一の混雑路線解消への改良工事とされる、ホーム延伸と階段・エスカレーター新設は2022年度供用開始予定とありますが、ホームドア設置が25年予定というのは順番が違うような気がします……(右は霊岸島水位観測所)

2019/04/15

春は隅田川

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2019.4.15にアップしました。

 隅田川の水上バスは外国人観光客も多いため、混雑で乗降に時間がかかるらしく、接岸待ちの船が並んで待っている状況です。この日のフワフワと浮ついた空気感が外国人観光客にも伝わる様子は、ゆるんだ表情から見て取れます。
 「花」(瀧 廉太郎)に歌われた「春のうららの 隅田川」の景色は変わっても、われわれには春のにぎわいを川に求める習性があるようで、隅田川に引き寄せられます……

2019/04/08

深川の華

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2019.4.8にアップしました。

 富岡八幡宮参道に並ぶ着物姿の集団は、映画の制作発表のような華やかさがありますが、囃し立てる取り巻きオヤジの声から想像される年代のようです(表現が難しい…)。詳しい理由はわかりませんが(稽古事の仲間?)、ハレ姿はこの場所でと八幡宮にたたずむ姿に「深川の華」という表現が浮かびました。
 育ててもらった町で胸を張る姿はまぶしく、華やかさでの恩返しを受け止める寛容さも下町の魅力のように……

2019/04/01

水辺利用の変遷──深川沖(越中島)

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2019.4.1にアップしました。

 江戸時代の永代通りは海沿いの道で、門前仲町付近では後に海岸沿いに整備された大横川(運河)と並ぶ様子が見られます。通りの陸側には富岡八幡宮、深川不動堂がありましたから、海沿いに軒を連ねた料亭はにぎわったようです。当初の江戸前とは、隅田川や深川付近で捕れるウナギを称したそうで、富岡・不動詣で帰りに江戸前のウナギという趣向は、当時のテッパンだったと。
 現在付近の料亭は一軒となりますが、河川敷地を利用した川床(かわゆか)が整備され、飲食スペースとしての営業が始まりました。
 右は東京海洋大学の明治丸。

2019/03/25

0.5mの安堵感──門前仲町

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2019.3.25にアップしました。

 門前仲町駅の「この出入口は海抜0.5m」表示を目にし、ちょっとショックを…… 区民の方には申し訳ないが、これまで江東区は全域がゼロメートル地帯と思い込んでいました。
 転居時に調べた地盤高図を見直してみれば、東側の荒川周辺がもっとも沈下が激しく、亀戸〜大島〜南砂町付近や、江戸川区の荒川沿い(西葛西を含む)に最低レベルの区域が点在しますが、西側の隅田川沿いの沈下は軽微らしい。
 状況を正しく理解すると、地域文化の歴史、隅田川に架かる橋の多さ(避難しやすさ)に加え「プラス0.5m」と、生活条件を満たす魅力的な地であることを納得できます……

2019/03/18

残したい思い──深川

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2019.3.18にアップしました。

 庶民の町として知られる名称は、江戸時代に摂津国から移住し周辺を開拓した深川氏に由来し、現在も町名として門前仲町北側の狭い地域に残ります。
 何をするわけでもないのに、つい誘われてしまう場所が点在しているのは、残っているのではなく、残そうとする思いが受け継がれているように。子供が関心を抱く遊び場には地域の特性があり、遊ぶことから思いを感じてくれれば、バトンは繋がるのではないかと……

2019/03/11

水彩都市を演出する──木場

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2019.3.11にアップしました。

 木場地区自慢の深川ギャザリアでは、江東区が目指す水彩都市を後押しする、水を利用したイベントゾーンや地域の自然環境を再現したビオガーデンを設置しています。
 区の取り組みとして、殺風景な水路に架けられるトラス橋などの橋をアピールすれば絵になりますし、デザインには下町らしい見栄やこだわりが見られるので、地域文化として注目されることと……

2019/03/04

背筋が少し伸びるころ──木場公園

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2019.3.4にアップしました。

 木場公園にある都市緑化植物園は、自分たちで手入れ可能な植物・庭の見本が並ぶようなガーデンで、手入れする方々も自分の庭のように愛着を持っているように見えます。庭を持てない人が草木を育てられる施設としたらマニアは集まるとしても、収拾がつかなくなりそうです。
 また、様々な犬&飼い主でにぎわうドッグランで大型犬が走り回る姿を見られないことも、飼育スペースや、庭を持てないためらしいが、この公園のサポートは庶民生活に多少のゆとりを与えてくれるのではないかと……

2019/02/25

記憶は薄れても──旧洲崎

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2019.2.25にアップしました。

 洲崎(すさき)は江戸期の埋立地で、当時は「東に房総半島、西は芝浦まで東京湾をぐるりと手に取るように眺められる景勝地」から、初日の出の名所として人気を集め、大正期には海水浴場として(潮干狩りも楽しめた)にぎわいました。ですが、洲崎遊郭〜洲崎パラダイスとして定着したイメージを払拭するため(?)、住居表示実施に伴い東陽一丁目と変更され、その名称は抹消されます。
 人の記憶は年月とともに薄れていきますが、古い埋立地が受けた地盤沈下の影響は残り続けます……

2019/02/18

発展を願って──東陽町

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2019.2.18にアップしました。

 東陽町という響きに下町らしさが感じられないのは、1967年「発展を願って名づけられた」ためで、現在の東陽町駅付近には72年に廃止された城東電車洲崎線(路面電車)の洲崎停留所があり、遊郭で知られた名ではなく明るいイメージの名称にしたかったようです。
 東京イースト21として建設された複合商業施設(ショッピングモール、ホテル、イベントスペース、オフィスビル:1992年)のシンボルは太陽と月で、以前の水路に挟まれた資材置き場の記憶を消し去り、区役所に近い江東区のランドマークとしてアピールする姿は(鹿島建設による)、東から昇る太陽をイメージしたものか……

2019/02/11

外国人旅行者にも伝わる──砂町

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2019.2.11にアップしました。

 商店街の総菜店に並ぶ品々はどれも晩のつまみにしたいものばかりで、右は独り身と思われるじいさんが、「これ!」と指差しておでんの具をひとつずつ取ってもらう様子。自分が気に入ったモノを買えるシステム(?)こそ買い物の醍醐味なのに、いつしか「おまかせ」を粋と思い込むようになったのは、単に横着になっただけかも知れないと。
 近頃の外国人旅行者にはマニアックな場面が受けるようで、ガイドが焼き鳥屋の前で日本酒を勧めています。昼間っから焼き鳥で一杯が最高の贅沢との説明は、外国人にも伝わっているように見えますし、お茶屋で試飲する姿には、お茶の味を気に入ってくれたらうれしいだろうとも……