2015/09/14

人のふり見て我がふり直せ──旧谷田川

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【東京都】──「神田川を歩く_34」
2015.9.14にアップしました。

 遠いので詳しく分かりませんが、右は近所のばあちゃんに何かを説明する姿に見えます。
 下町っ子の心情には「おせっかい=思いやり」の勝手な思い込みがあるようですが、受け手側の気遣いも含めて「下町人情」と言うのでは? と感じた光景です。
 おばちゃんの説明は延々と続くので、ばあちゃんは、ありがたいけど「もう少しゆっくり話してくれ…」の様子に見えたのは、自分も母親に説明する際、反応の鈍さにイラついて矢継ぎ早に話してしまうことを思い出したからです。
 人のふり見て我がふり直せと、反省です……

2015/09/07

人が流れ込む旧川筋──旧石神井川

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【東京都】──「神田川を歩く_33」
2015.9.7にアップしました。

 旧谷田川が暗きょ化されると、周辺に店舗が集まり始め「霜降銀座商店街」が誕生します。
 町は水辺に栄えますし、水路を新たな道路に利用できるのは便利ですから、旧川筋に人が流れ込むようになります。
 流れ込む水のごとく様々な人を受け止めるための工夫に加え、若者にアピールする飲食店も目に付きますから、「地元で事足りる」下町商店街ここにあり! の印象です……

2015/08/31

これが日本のおもてなし──白山付近

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【東京都】──「神田川を歩く_32」
2015.8.31にアップしました。

 庭木職人さんの手元を見ていると、何と、松葉を一本ずつ間引いているらしい。なるほど、これまで庭園の庭木に感じた細やかさは、「そこまで神経を使うの!?」という職人さんの地道な手入れに支えられていたようです。
 この姿に接し、「日本のおもてなし」を支える裏方仕事を味わうには、受ける側にも観察眼が要求される奥深さがあること、実感しました。
 継承と工夫で観る者を楽しませる姿の、何という美しさ!

2015/08/24

行楽地だった川の記憶──旧谷端川-2

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【東京都】──「神田川を歩く_31」
2015.8.24にアップしました。

 大塚には三業地(料理屋・置屋・待合が営業)があり、マイナーながらも花街(かがい)の顔を持ちます。
 1919年に始まり、最盛期には芸者も150名を数え、F1ドライバーのミハエル・シューマッハも訪れたそう。
 山手線内側の旧谷端川沿いに広がり、現在も営業中と思われる料亭がありますが、掲示される「大塚芸者」の新聞切り抜きは日付が古く、「大塚三業組合」ホームページもアクセス不可なので、現在の営業については確認が取れません。
 川沿いに遊興地が開けたのは、川が行楽地とされた時代背景によるのでしょう……

2015/08/17

川辺に駅を誘致した──旧谷端川-1

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【東京都】──「神田川を歩く_30」
2015.8.17にアップしました。

 以前、山手線大塚駅に地下鉄建設が計画されるも、旧谷端川に面するため困難とされたそうですが、現在の鉄道路線が旧谷端川と交差する付近には、どこも駅が存在します。
 都市化により川は姿を消しても、町が水辺に発展した痕跡は駅という姿で残されます。
 そして、町をつなぐ役割は鉄道に引き継がれています……

2015/08/10

「闇市の本場」池袋──旧水窪川

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【東京都】──「神田川を歩く_29」
2015.8.10にアップしました。

 池袋から少し離れた自衛隊朝霞駐屯地には終戦まで陸軍施設があり、米軍接収後「キャンプ・ドレイク」とされ、朝鮮戦争・ベトナム戦争の後方支援基地となります。
 基地からの流出品が集まる池袋では闇取り引きが横行し、当時「闇市の本場」と表現される地域だったようです。
 巣鴨プリズン(戦争犯罪人の収容施設)は、接収前+返還後も東京拘置所とされたため、地域にとってサンシャインシティの再開発(1978年)は、まさに日が昇るような希望の光だったのではないか……

2015/08/03

旧川筋に続く営み──旧弦巻川

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【東京都】──「神田川を歩く_28」
2015.8.3にアップしました。

 池袋ウエストゲートパーク(西口公園)では「東京フラフェスタ in 池袋」が開催されています。
 152チーム(約4,000人)の老いも若きも(子供たちも練習する)が集結するイベントですが、ムームー(ハワイ女性のドレス)姿のおばちゃんが多く、喫煙所はスナックママの溜まり場のよう……
 われわれには「フラダンス」の表現がなじみますが、「フラ」はダンスの意味も含むハワイの宗教的総合芸術を意味します。
 こちらも宗教的行事とされるリオのカーニバルでは、サンバでパッションを爆発させますが、島国育ちとしてはフラに込められる心情に親近感を覚えます……

2015/07/27

中国人観光客にかなう者なし──秋葉原〜柳橋

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【東京都】──「神田川を歩く_27」
2015.7.27にアップしました。

 「クールジャパン」とは国内発信の仕掛けらしく、秋葉原を訪れる欧米人のサブカルチャー熱は継続しているようですが、いまや中国人観光客にかなう者なし!
 写真奥の「爆買い客」が団体で押し寄せますから、メイド娘の背筋も緊張しているように見えます。
 横付けされた観光バスのトランクに段ボールを積み込む様子を目にし、日本の経済成長期の明るい未来と夢に満ちた時代を経験したかった、と思ったりします。
 しかし、どのみち破綻するであろうChina Dreamを、少しでも持続させようと資源(国益)獲得をもくろむ身勝手な海洋進出は、周辺国に「盗人」としか映りません……

2015/07/20

東京駅が背負うもの

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【東京都】──「雨の日企画」
2015.7.20にアップしました。

 日本のセントラルステーション東京駅には様々な思いが交錯するため、駅構内は結構歩きにくかったりします。
 大きな荷物を引く人には注意を払うも、ビジネスマン姿には相手も避けるだろうと思うと、出張でとまどう人だったり……
 以前八重洲口にあった鉄道会館ビルには、代名詞の大丸東京店ではなく、不慣れな上京者を支える都道府県の出張所(アンテナショップ)が並ぶ「東京の迷子案内所」の印象が残ります。
 首都の玄関口である東京駅には外観の威厳も大切ですが、ソフト面でも多くを求められています……

2015/07/13

アーチが生かされる──旧万世橋駅

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【東京都】──「神田川を歩く_26」
2015.7.13にアップしました。

 旧交通博物館の閉鎖〜周辺の再開発に伴いレンガ造りの旧万世橋駅が整備され、2013年「マーチエキュート神田万世橋」として生まれ変わりました。
 アーチで区切られた店舗は小規模なので手作り感や身近さが伝わりますし、店舗裏の抜け道のような通路には、アメ横の下町探索のような楽しさがあります。
 旧駅舎や万世橋の雰囲気に加えて、川の護岸を手入れすれば、ここどこ? というレベルを目指せるのではないか?
 川面は海水の影響もあり難しそうですが、その整備を最終目標としましょう!

2015/07/06

水路のジャンクション──飯田橋・水道橋

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【東京都】──「神田川を歩く_25」
2015.7.6にアップしました。

 江戸開府当初は、後楽園付近にあった沼の水を上水に利用しましたが、水量の減少と質の悪化により井の頭池(善福寺川、妙正寺川)水系を水源とすべく整備を進めます。
 JR中央線水道橋〜お茶の水間南側の丘陵地に、山を開削して通された神田川の上方を神田上水が渡る、御茶ノ水の懸樋跡(かけひ:神田方面に送水する水道橋)の案内があります。
 上水は自然流下方式のため、高台から高低差を利用して送水する必要がありました。それを理にかなう事と受け止めた江戸庶民の高低差に対する感覚は、われわれよりもはるかに敏感だったのではないか、と思ったりします……

2015/06/29

教会と結婚式場の違い──目白台

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【東京都】──「神田川を歩く_24」
2015.6.29にアップしました。

 この日は日柄が悪いのか、椿山荘の結婚式は少ないようでも、「♡型」の目をした下見カップルの女性を多く見かけます。
 日本人が教会から連想するのは「結婚式場」で、求められるバージンロード(未見)、石造り的な鐘の塔と、ライスシャワーを受けるテラス(階段)を備える施設は、式場には必須です。
 右は隣接の、カトリック東京カテドラル関口教会で、宗教施設ですからスピリチュアルなデザインは当然ですが、魂が吸い取られそうな光景に、不信心者は「ステンドグラスがキレイ」で十分ではないかと思ってしまいます……

2015/06/22

素通りできない鬼子母神(きしもじん)

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【東京都】──「神田川を歩く_23」
2015.6.22にアップしました。

 普段は寺社の参道並木を、聖域に入る際のお清めと感じますが、この並木の印象は「ただいま」「久しぶり!」と知人に再会し、「変わらずで何より」とホッとする気分に似ています。
 その先は人々の暮らしに通じるので、生活感の多様さを未知との遭遇として受け止められれば、とても楽しめそうな空間に思えます。
 参道並木の大木が残され、人の落ち着ける道幅(間合い)が昔と変わらないおかげで、下町より少し距離感を保つ町並みには、人ごみとは違う「活気」が感じられます……

2015/06/15

品格を失った資産家の町──目白

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【東京都】──「神田川を歩く_22」
2015.6.15にアップしました。

 江戸時代、現在の椿山荘近くにあった新長谷寺(しんちょうこくじ)の不動明王像が、江戸五色不動のひとつ「目白不動」とされ、一帯は目白と呼ばれるようになります。
 江戸時代に大名別邸や旗本屋敷が並んだ一帯は、明治維新後に国の所有とされ、山縣有朋が購入した土地は「椿山荘」のルーツなど、華族や資産家等に売り払われます。
 旧学習院移転も元公家の院長が誘致し、戦後「学習院大学」となっても皇族が通う慣習は続きますが、以前の「資産家≒社会的責務」の精神は失われ、単なる金持ちの「資産家ヅラ」による品格の低下から、皇室の学習院離れが進んでいるのでは…… 

2015/06/08

のれんの花咲く川辺──中井〜目白

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【東京都】──「神田川を歩く_21」
2015.6.8にアップしました。

 神田川・妙正寺川流域には江戸時代からの染色技術が伝えられ、昭和30年代まで京都・金沢に並ぶ染色関連業の三大産地とされました。中井駅付近の妙正寺川沿いでは、いまも技術を受け継ぐ職人・作家たちが活動を続けています。
 その地場産業を盛り立て、 落合・中井を「染めの街」として発信する「染の小道プロジェクト」が2011年に立ち上がります。
 反物が妙正寺川を飾り、商店街店舗の軒先に「のれん」の花が咲く姿を想像すると、一度足を運ばなきゃ、と思いはじめています……

2015/06/01

鎮守の森と文化財の価値──練馬〜江古田

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【東京都】──「神田川を歩く_20」
2015.6.1にアップしました。

 絵馬奉納所に漂う「森を敬う」空気感は、古来の「八百万の神」から続く精神として、肌で感じられます。
 背後に旧国立療養所中野病院建設前は、樹木がこんもりとした丘陵地で「鎮守の森」にふさわしい環境だったようですが、現在この裏は造成され「はげ山」とされます。
 その森に育まれたであろう「江古田獅子舞(鎌倉時代から続く)」を、中野区指定無形民俗文化財に指定しながら、「鎮守の森」を「公園の森」と同様に境界線で区切る行政の姿勢は、地域文化を衰退させる危険性をはらんでいるのではないか……

2015/05/25

水場は暮らしの中心──新井薬師

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【東京都】──「神田川を歩く_19」
2015.5.25にアップしました。

 新井薬師 梅照院の新井とは、新たに掘られた井戸の意で、行列こそないがひっきりなしに水を汲む人が訪れます。
 ヤンキー系の若い兄ちゃんが水を持ち帰る姿に、「中野のおいしい水」には反抗できないのか、とも。
 水場を囲む人々の暮らしは時代を問わないと思うが、時代と共にありがたみの意味は変わりますから、水道代節約のためだったらどうしましょう……

2015/05/18

白鷺の町──鷺ノ宮

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【東京都】──「神田川を歩く_18」
2015.5.18にアップしました。

 西武新宿線鷺ノ宮駅にほど近い、鎌倉に源氏の礎を築いた源頼義が建立した鷺宮八幡神社の境内では鷺が多く見られ、「鷺宮大明神」と呼ばれたのが地名由来とされます。
 白鷺が多かったようで、神社周辺には響きのいい「白鷺」という地名が残ります。
 西永福の大宮八幡宮と同様、流れの畔に建てられたのは、水を尊び恵みを願う思いによるのでしょう……

2015/05/11

G.W.はまったりと……──葛西臨海公園

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【東京都】
2015.5.11にアップしました。

 G.W.の空気感に触れようと、葛西臨海公園に足を運びました。
 ここは、東京都が東京湾の汚染や埋め立てで破壊された自然環境を再生しようと整備した都立公園で、荒川の対岸は新木場、旧江戸川の対岸は東京ディズニーランドに接します。
 海辺の公園なので「空が広い!」開放感がありますし、広さも小金井公園と同規模ですから、安・近・短組には絶好の施設です(陽気もいい日でした)。
 せめてG.W.には「海に接したい」が東京湾という情けなさには、「島もごぶさた〜」と、寝た子が目を覚ましそうです……

2015/05/04

じっとしてられない季節!──妙正寺池

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【東京都】──「神田川を歩く_17」
2015.5.4にアップしました。

 春の嵐に続き「夏日」の到来に、心身ともに戸惑う大人と違い、陽気を誘いとして受け止め本能に従う子供たちは、「思わず飛び出してきた」という表現がピッタリです。
 そんな本能とは、季節がわりを全身に感じさせ、体内時計の季節感を進めるための「生命の知恵」とも言えそうですから、「電車内が暑い」「エアコン入れろよ!」の場ではなく、太陽の下で感じたいと思ったりします……

2015/04/27

大地主屋敷も文化遺産──桃園川

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【東京都】──「神田川を歩く_16」
2015.4.27にアップしました。

 現在の東京では、大木群の下にあるのは寺社や公園ですが、付近には敷地内に大木を有し、門前に未舗装の私道を持つ大地主の屋敷がいくつもあるとは、たまげました。
 「左うちわ」の想像通り、地域貢献(寄付)に感謝される名士のようで、周囲から敬われる様子に「昔ばなし」の世界が思い浮かびます。
 ですが「このままの姿で保全して欲しい」文化遺産ですから、家主は代々の生活を強いられることになりそうです。
 現在の自分なら受け入れられる気がするも、「歴史を守る覚悟」を決めた心境を聞いてみたい気がします……

2015/04/20

銭湯という庶民文化──北新宿 vs 下落合

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【東京都】──「神田川を歩く_15」
2015.4.20にアップしました。

 かぐや姫『神田川』(作詞:喜多條忠)の歌碑が立つ対岸には、当時のアパート群が並ぶ昭和遺産が残され、「迷宮」のような町並みを歩くと「タイムスリップ?」かと方向感覚を失う瞬間があります。
 下落合の高台と対比すると、川沿いは吹きだまり的な地域で「窓の下には 神田川〜♪」には、そんな情景も込められていたようです。
 「青かった時代」を振り返る歌に、「一緒に入れる風呂付きの部屋」が、とりあえずの夢だった時代を思い出します。
 改めて考えると銭湯というのは見事な文化で、内風呂では周囲に迷惑をかけないためだらしなくなる部分も、きっちりと裸付き合いできていた気がします……(右は佐伯祐三アトリエ記念館)

2015/04/13

山と川の記憶をたどる──中野

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【東京都】──「神田川を歩く_14」
2015.4.13にアップしました。

 中野駅北口には平坦な印象があるも、南口には紅葉山公園の名を持つ施設があります。
 それは、南側を流れる桃園川が武蔵野台地を浸食したためで、川から見上げると確かに山のように見えます。
 ですが現在、公園に紅葉する植物は少ないらしく、桃園川は暗きょとされ、名残りは地形だけとなりました。
 公園に隣接する「なかのZERO:もみじ山文化センター」が旧中野公会堂跡と知り、これまでの「中野サンプラザ=中野公会堂」という思い込みの間違いに気付きました……

2015/04/06

社にふさわしい土地柄──西永福〜方南町

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【東京都】──「神田川を歩く_13」
2015.4.6にアップしました。

 西永福駅の案内で大きく扱われる大宮八幡宮は、1063年源頼義(源氏の祖とされる頼朝の高祖父(ひいひいじいさん))が建立した、武蔵国の三大宮(秩父神社、大宮 氷川神社:埼玉県)のひとつとされる歴史ある神社です。
 境内の湧水を霊水とした「多摩清水社:たましみずのやしろ」が祭られますが、裏手を流れる善福寺川では、水路改修工事が行なわれています。
 洪水に備える調整池が点在する現在も水利の要とされますから、こんな地にこそ「水神:龍や蛇」が祭られるべきではないかと、社を建てた頼義の動機を理解できるような気がしました……

2015/03/30

「いいお彼岸だ……」──高円寺

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【東京都】──「神田川を歩く_12」
2015.3.30にアップしました。

 普段、有名どころ以外のお寺は閑散としていますが、春分の日にはどの寺も墓参りの方々でザワつく空気感があります。
 先祖に感謝する「季節の慣習」とは、「無事に冬を越し、春をむかえられた」報告であり、季節感を身近に感じる民族ゆえ広く受け入れられたのではないか(806年 崇道天皇が開いた彼岸会(ひがんえ)をルーツとする日本独自の慣習)。
 右の手水鉢(ちょうずばち)に浮かぶ花は、寺から墓参者への心遣いに違いなく、こんな「おもてなし」を介し相手を思う感性こそが、「日本の美意識」という気がします……

2015/03/23

西の鎌倉、東の荻窪──荻窪

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【東京都】──「神田川を歩く_11」
2015.3.23にアップしました。

 荻窪駅前を通る青梅街道は、江戸城の漆喰に必要な石灰を青梅から運ぶために整備され、大正期から新宿〜荻窪間の街道上を路面電車が走りましたが、その地下に丸ノ内線が開通し役目を終えます。
 大正・昭和初期には、「西の鎌倉、東の荻窪」とされる近郊の別荘地だったらしいも、鎌倉に比べインパクトが弱いため「別邸」的なニュアンスだったのではないか?
 ですが、現在憩いの場とされる大田黒邸や角川邸に漂う「文化の香り」には、文化を広め、根付かせた輩を「文化人」と呼んだのかとも……

2015/03/16

平和利用から生まれた夢──西荻窪周辺

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【東京都】──「神田川を歩く_10」
2015.3.16にアップしました。

 防災公園&集合住宅として再開発された広大な土地には、戦時中まで中島飛行機東京工場(戦闘機工場)がありました(後の日産自動車荻窪工場)。
 戦後、中島飛行機解体後の富士精密工業時代に、東大生産研究所と共同でペンシルロケットが開発され、ロケット発祥地の碑が残ります。
 この地で産声を上げた国産のロケット技術は、現在の「H-IIAロケット:はやぶさ2打ち上げ等」に受け継がれるものです。
 この地で育った子どもたちが、その経緯を理解し宇宙への夢を抱けるように、アピールいていくべきと感じました……

2015/03/09

善き心で福の到来を祈る──善福寺池

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【東京都】──「神田川を歩く_9」
2015.3.9にアップしました。

 善福寺という響きから「善き心を持ち、福の到来を祈る」精神を受け止め、「郷に入っては郷に従え」を心掛ければ穏やかな気持ちになれそうと思うのは、単なる幻想か?
 池の名称は、以前ほとりにあった善福寺(廃寺)に由来しますが、現在付近にある善福寺は後の改名とされ、麻布十番の善福寺は無関係との見方もあるらしい。
 ですがいずれも、こころが暖まる名の元で祈りたい思いによるのではないか……

2015/03/02

記憶に残る文様──永福町〜中野富士見町

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【東京都】──「神田川を歩く_8」
2015.3.2にアップしました。

 「ほら、やっぱり地下鉄の入れるとこ隠してますよ!」
 春日三球・照代の「地下鉄漫才」(1970年代ですって…)にかけたつもりですが、知らない人も多そう……
 「垣根の奥で、掘り出した地下鉄を洗ってるんじゃないですか?」
 市街地で人通りの多い場所柄、脇の歩道橋にも遮蔽版があり迷惑行為防止に懸命なので、木々の合間からのぞきました。
 大江戸線木場車庫では地下までクレーンで下ろすらしい等、実際に見ていない認識のあいまいな部分へのツッコミが受けたようです。
 車体文様だけで丸ノ内線と伝わるデザインは1996年に姿を消しますが、多くの要望により2010年に復活します。やはり「これが丸ノ内線」ですよね……

2015/02/23

おいしい井戸水の記憶──代田橋〜四谷大木戸

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【東京都】──「神田川を歩く_7」
2015.2.23にアップしました。

 京王線代田橋駅下の旧玉川上水にはレンガ造りの水路が再現され、現在の和田堀給水所から渋谷方面への水道道路には、止水栓の車止めがあったりと、水の要衝をアピールしています。
 この先、玉川上水で断片的に目にする細い流れは付近のわき水らしいが、多摩川から引かれた水よりはるかにキレイとのこと。
 以前、代田橋の父の実家で飲んだ井戸水はおいしく、台所に水道水とは別に井戸水の蛇口があるほど、生活に密着した存在でした。
 それは、武蔵野台地が大きな扇状地として形成されたためで、水の質・量は変わったとしても、家康が井の頭池(いのかしら)で汲んだわき水と同じ仕組みに発するものです……

2015/02/16

水の道、人の道──下高井戸〜代田橋

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【東京都】──「神田川を歩く_6」
2015.2.16にアップしました。

 学生時代に迷惑をおかけした下高井戸での生活圏は世田谷区内に限られ、甲州街道(杉並区との区界)が北限でした。
 街道を渡った先に並行する玉川上水跡には、公園・遊歩道が整備されています。
 その地に立つと北側は神田川へ、南側もなだらかに下る尾根筋であることに気付きます。
 遠くを目指す使命を受けた、水の道(旧玉川上水)や人の道(甲州街道)を尾根筋に設置したのは、「位置(高さ)エネルギー」を有効利用するためで、自然と付き合いながら町・国づくりを進めた様子が感じ取れます……(右は明大前駅の跨線橋)

2015/02/09

土地が歴史を生む──高井戸〜下高井戸

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【東京都】──「神田川を歩く_5」
2015.2.9にアップしました。

 奥は高井戸のランドマークとされる杉並清掃工場の煙突ですが、環状八号線の反対側に偽装農地の代名詞とされる(?)「栗畑」が広がるとは知りませんでした。
 旬の季節には、敷地内にある「くりのないとう」店頭に行列ができるそうで、失礼しました。
 周囲には、土地の切り売りで建てたと思われる住宅街やマンション、温浴施設+フィットネス+スイミングスクール、高井戸小学校(寄付ではないにせよ)等々が隣接しており、所有地はどこまで広がっていたのか? というサイズ感に驚きます……

2015/02/02

欲が消えていく……──烏山寺町

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【東京都】──「神田川を歩く_4」
2015.2.2にアップしました。

 寺町の寺院は、石神井川沿いに点在する真言宗寺院のように地域に根付いたものでなく、移転希望寺の集まりのため宗派は様々ながらも、伝えんとする世界観に接していると、こころ穏やかになる変化を自覚できるようになります。
 そのこころは? 「共鳴」であると感じました。善し悪しではなく、響き合えるか? ではないかと。
 歩を進めるごとに、上空の風音(北風が強く寒い日だった)と、カラスの鳴き声しか聞こえない「彼岸のふち?」に近づけるような印象も……

2015/01/26

まるっと残る旧軍用地──久我山〜高井戸

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【東京都】──「神田川を歩く_3」
2015.1.26にアップしました。

 一見して旧軍用地の払い下げと分かる広大なグラウンド群は、この時のために維持されてきたようです。
 一帯をまるっと『高井戸公園』とする整備計画は、付近の道路整備計画を抱え込んで動き出します。
 便乗するのは、隣接する玉川上水沿いに「放射第5号線」を建設するものと、中央自動車道が開通し首都高速道路と接続(1976年)当時から、地元の反対により着工できなかった「高井戸IC下り線入口」建設です……

2015/01/19

2つの水路──井の頭公園〜久我山

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【東京都】──「神田川を歩く_2」
2015.1.19にアップしました。

 水源地(井の頭池)をわき出た水は低地へ向かうため、河川の場所(神田川)は周辺の谷底にあたり、海(流れ込む隅田川)までの標高の低い地点を結ぶ最短の線と言えます。
 一方、江戸時代に建設された玉川上水は、多摩川の水を市中の飲料水として運ぶため、その間の最も標高の高い地点を結ぶ分水嶺(れい)付近を通されました。
 性格の異なる2つの水路(谷底と分水嶺)が、井の頭公園付近で直線距離300m、高度差10m程度に近接しています。
 これは、井の頭池水源の地下水脈が浅い場所にあることを意味し、大きな建造物を建てたら地下水脈はひとたまりもない、ことを示しています……

2015/01/12

住民自慢の森──井の頭公園

【東京都】──「神田川を歩く_1」
2015.1.12にアップしました。

 様々な公園を歩くと、人工的に整備された施設と、可能な限り手を加えない「ありがたさ」を感じる公園の違いが見えてきます。
 付近にあるジブリ美術館の冠「三鷹の森」は、この公園そのものですから、地域住民の自慢に違いありません。
 それも、武蔵野地区屈指の繁華街吉祥寺近くに、これだけの森と公園施設が保持されていれば、住みたい町ランキングで人気が高いことも納得ですし、町づくりの方針が正しかったと言えそうです。
 歩くたび新たな魅力に出会える印象は、水辺が映す季節感によるものか……

2015/01/05

懐かしのジョージタウン──吉祥寺

【東京都】──「神田川を歩く_序」
2015.1.5にアップしました。

 町に根付くサブカルチャーは、戦前(1937年)前進座(歌舞伎劇団)の進出で芽吹き、様々な大学の移転等で広まったとされます。
 中央線沿線のヒッピー的カルチャーは、関東大震災以降の地方出身者が壊滅した下町を避け山の手に向い、歴史の浅い地域で新しい庶民文化を構築する際の、すき間に入り込み定着したのではないか?
 伝統文化やしがらみも無く自由に活動できる地域でしたが、傍流とされる状況に異を唱えたかったのかも知れません。
 そんな心情をドラマとしたのが『俺たちの旅:1975〜76年』で、落ちこぼれでも輝ける姿に、あこがれや勇気を与えてもらいました……

2014/12/29

縁切り願望は世の常?──旧板橋宿

【東京都】──「石神井川を歩く_おまけ」
2014.12.29にアップしました。

 右は、株価チャートというよりは、乱雑な本棚のようですが、これは「縁切り榎」への願いが込められた絵馬。
 普通は願いを書いた面を表に結びますが、ここでは過去を見られたくないためか? ご丁寧に内容を解説するページがあるように、近所の人がしっかり目を通してから「表にしない方がいいわよ」と、世話しているようにも……(この手の話し好きは多そうです)
 女性からの縁切りが認められない不幸な時代の駆込み寺は分かるも、現在もこれだけ並ぶのは、悪いのは男で、社会のせいとしても、女は悪くないのか? とも……

2014/12/22

縁起は担ぐもの!──中板橋〜王子

【東京都】──「石神井川を歩く_7」
2014.12.22にアップしました。

 王子駅近くの王子神社で熊手市に遭遇します。
 東京近郊では11月の酉の日に、縁起物の熊手を売る「酉の市」が賑わいますが、ここでは新年に向けての「福をかきこむ納め市」として、毎年12月6日に市が立ちます。
 鎮守様の身近な季節感が地域に根付いたのは、小さな買い物でも「シャン シャン シャン!」をしてくれ、明るい気持ちで新年を迎えられる「心地よさ」にあるのでは?
 そんな光景に、下町衆の「神輿は担げなくても、縁起なら担げるだろ!」なんてフレーズが、よみがえってきます。
 自身を景気付ける「ノリ(?)」のようなものが、年々失われているような……

2014/12/15

ありのままの美しさ──豊島園〜中板橋

【東京都】──「石神井川を歩く_6」
2014.12.15にアップしました。

 右の光景を目にした瞬間、声を上げてしまった!
 イチョウの落ち葉が雪のように積もる上にもみじが赤味を添える、ありのままの姿を放置(?)するのは、寺の方針や住職の趣味にほかならず(ものぐさ坊主ではない)、素晴らしい感性とシビレます。
 京都だと踏み荒らされそうですが、住宅街にあるも周辺住民は関心無いらしく、訪問者が少ないおかげとも。
 真言宗の立派なお寺は、いまも「弘法大師霊場」の空気感を保ち、異空間を体感させてくれます……

2014/12/08

目は力なり──石神井公園〜豊島園

【東京都】──「石神井川を歩く_5」
2014.12.8にアップしました。

 寺院山門の両脇に立つ神々の像は、災いの侵入を防ぐ役目を担います。右は長命寺(ちょうめいじ)南大門に立つ「多聞天」で、力強い線による造形は、その眼力で参拝者も立ち止まらせるような威厳があります。
 人は対面した相手の目を見る習性があるため、木造でも人の形をしていれば目を見てしまいます。と言うことは、このにらみを利かせた目は、災いを持ち込もうとする人に向けられるのでは……

2014/12/01

カワセミを身近で!──石神井公園

【東京都】──「石神井川を歩く_4」
2014.12.1にアップしました。

 右の写真ならカワセミと分かりますよね?
 止まり木は、散策路からほどよい距離に設置した人工施設のようで、普通はこんなサイズで撮れる距離にいませんし(拡大せずトリミングだけ)、バックも緑でGoo!
 人目も気にせず、まさかの水中ダイブも披露してくれますから、「カワセミショー」の舞台を気に入ったようです。
 清流に棲み「青い宝石」とされる鳥が、身近な池で活動するようになったのは、舞台装置や環境改善とは別の要因があるように思います……

2014/11/24

地元の鎮守様に参る「七五三」──田無

【東京都】──「石神井川を歩く_3」
2014.11.24にアップしました。

 うっすら化粧してもらい、着飾った姿で千歳飴を手にし、七五三の祈祷を待っています。
 地元の鎮守様で七五三を祝うことは、その地で育った子どもたちの地域への愛着を高めそうですし、今後の成長を見守って欲しいとの祈りが、この国の各地域を支えてきた原動力と言えそうです。
 子どもが主役ながら親の行事なので、幼少期の記憶に自信は無いが、千歳飴をなめた記憶があればいいようです。
 親となり子どもがこの年齢まで無事育ったことに感謝し、通過点に改めて気を引き締めようと祈る気持ちは、千歳飴の記憶から自然と生まれてくるのかも知れません……

2014/11/17

雨水を集める小川──田無〜武蔵関

【東京都】──「石神井川を歩く_2」
2014.11.17にアップしました。

 石神井川の源泉は流量も少なく浸食する力も弱いため、上流域はなだらかな傾斜地ですが、現在では住宅がビッシリ並ぶため、雨水は地中に浸透せず川に流れ込みそうです。
 流れの少ない川の流路は狭いため、所々に防災用の広大な調整池(洪水防止用の池。平時はグラウンドとして利用)があり、この日はサッカー大会が開かれていました。
 右は説明しなくても伝わりますよね。中央のコーチが、へこんでいる右のガキを励ましている様子です。
 このフォローが、将来のスター選手(?)を育てるのでしょう……

2014/11/10

「どんぐりがいっぱい!」──小金井公園

【東京都】──「石神井川を歩く_1」
2014.11.10にアップしました。

 隅田川散策を終え、今回から支流の石神井川を歩きます。
 あまり「隅田川水系」と耳にしませんが、支流である石神井川・神田川・日本橋川付近を歩けば、23区の北・東部(荒川までの間は終了)を網羅できる? という企画です。
 都市部の河川に見所は少なさそうでも、「水の道」を切り口として川沿い周辺を歩こうと考えています。
 石神井川は小平市の小金井カントリー倶楽部を源流とする河川で、市街地をぬうようにして北区王子駅の先で隅田川に合流します。
 ゴルフ場には入れないので、隣接する小金井公園からのスタートです……

2014/11/03

大丈夫?──Yokohama Triennale 2014

【神奈川県】
2014.11.3にアップしました。

 トリエンナーレとはイタリア語で「3年に一度」の意味で、ここでは3年に一度開かれる国際美術展覧会の意。
 第5回展となるヨコハマトリエンナーレ(わたしは3回目)の会場は「横浜美術館」「新港ピア」のみで、大掛かりな作品も少なく規模縮小の印象を受けます。
 一般的な現代アート展に比べると「何で?」と思うほどの入場者で盛況に見えるが、規模が大きく運営費もかさむためか、第2回展は資金難から1年遅れの開催という経緯を持ちます。
 誰でも目に出来る作品が減れば、子供たちの「これなぁ〜に?」と接する機会も失われるので、縮小もこの辺りが限度ではないかと……

2014/10/27

これが21世紀の高さ!──東京スカイツリー

【東京都】──「隅田川を歩く_おまけ」
2014.10.27にアップしました。

 天望回廊(450m)から降りてきた目には、東京タワーのてっぺん(333m)より高い天望デッキ(350m)でも、「上とは景色が違う!」と少し強気にふるまえたりします。
 このフロアの混雑状況(まま人が多い程度の印象)から、ここで満足して帰る方が圧倒的に多そうに見えます。
 せっかく来たのなら、プラス100mでガラッと印象が変わる最上階の「21世紀の高さ」を実感すべきです!
 耳にしたツアーガイドさんの「時間に余裕があるので上まで行けそうですよ!」にも、勧めたい心情が感じられました……

2014/10/20

下町色は失われない──隅田川テラス_3

【東京都】──「隅田川を歩く_30」
2014.10.20にアップしました。

 隅田川河口付近で工事中の新橋が中央にアーチ持つのは、背後にある勝鬨橋が両脇にアーチを持つ姿への配慮で、河口側からの波が重なるような姿はエレガントです。
 橋を渡る道路の先、豊洲〜有明にも橋桁の低い橋が架けられており、陸地側への大型船航行の門が閉ざされました。
 それは、勝鬨橋はもう開かないことのアピールで、今後は工場ではなく商業・宅地利用を進める宣言となります。
 また、勝鬨橋が隅田川第1橋梁(最も河口側)の座を追われたことで、「かちどき:日露戦争勝利の雄叫び」も封印されます……

2014/10/13

夢の堤防緑地化を!──隅田川テラス_2

【東京都】──「隅田川を歩く_29」
2014.10.13にアップしました。

 西岸(浅草側)テラス壁面に続くモダンな装飾は、外国人旅行者を意識したのか、われわれも「ここ隅田川?」と驚かされます。
 自分も「バカ言うなよ!」の口でしたが、「隅田川散策はデートに使える!」現状まで努力された方々は、おそらく「してやったり!」の表情ではないか?
 付近の現実的な整備方針は理解できますが、上流同様のスーパー堤防化を理想像として、夢物語(堤防の緑地化)をめざしてもらいたい……


2014/10/06

庶民の文化を守る覚悟──隅田川テラス_1

【東京都】──「隅田川を歩く_28」
2014.10.6にアップしました。

 隅田公園にある「パラボラ型の花壇」は、アート環境プロジェクト作品「グリーンプラネット」で、穴から周囲の花とスカイツリーをのぞく趣向とされ、ちょうど外国人観光客が首を出してくれました。
 犬が逆さのメガホンを被るような姿(体の塗り薬等をなめさせないためのエリザベスカラー)は滑稽でも、表情には「Happy!」さが見て取れます。
 もしエリザベスカラーを被る人を見かけたら、浮気防止用「わたしだけを見なさい」に違いなく、グチくらいは聞いてあげましょう……(冗談!)