2016/04/18

再開発しても広くならない──渋谷〜恵比寿

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2016.4.18にアップしました。

 渋谷駅再開発工事は「平成37年完成予定」と目にした瞬間、駅の姿は二の次で、その頃の自分はどうなっているのかと、遠い未来に思いを馳せてしまいます。
 これまで駅ビル(東急東横店)の地下を通っていた渋谷川は、流路変更+地下貯水槽が設置されますが、バスロータリーの地下には現在の東横線渋谷駅があるため、地下の構造物も隙間なく設置されるらしい。
 新設された東横線地下ホームが以前と同様狭いように、再開発しても土地は広くなりませんから、地上も地下も窮屈な渋谷らしさは変わらないようです……

2016/04/11

狭い場所が落ち着く?──渋谷

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2016.4.11にアップしました。

 繁華街は表と裏の共存で成り立ち、裏の存在は男女の意識下に刺激をもたらしますが、近ごろは父親に代わり「こんな場所でデートするんじゃない!」と、いらぬ世話をやきたくなる…… そんな場所でのドキドキ感は当事者にしか分からないので、いい経験となることを。
 繁華街での競争は激しく、目先を変えるリニューアルや、店の入れ替わりも頻繁なため、目的の店が無く途方に暮れる人をよく見かけますが、その多くは「記憶違い」ではないか?
 「あったはずなんだよ!」が、あったのか、元々なかったのかはどうでもよくなり、「とりあえず入るか」に追い込む集客力が、繁華街の作戦と言えそうですが、飲屋街へ足を踏み入れた瞬間に、のどから手が出てしまうわたしは、格好のカモです……

2016/04/04

花見は人見──馬事公苑、砧公園

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2016.4.4にアップしました。

 人出の多い公園では雰囲気に舞い上がり、桜の森の満開の下で「狂う?」やからを目にしますが、そんな姿に春らしさを感じるわれわれも、浮かれているようです。
 普段の酔っ払いはうっとうしく、蹴飛ばしても分からないだろうと思うも、花見の晴れやかさは理解できるため、迷惑がなければ許せる寛容さを持てます。都市部で暮らす者は、収穫の秋を迎えるよろこびを実感できないため、町でも感じられる桜の満開を、「祭り」として体現したくなるのかも知れません。
 全員が名札をつけた集団は「花見 de 合コン」らしいが、盛り上がり過ぎて失敗するヤツの方が多いんだろうなぁ、とも……

2016/03/28

「春の小川」の遊び方──参宮橋

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2016.3.28にアップしました。

 右は「渋谷はるのおがわプレーパーク」。
 プレーパークとは、ブランコやシーソーなど既成の遊具を設置せず、一般の公園では禁止される木登り、穴堀り、たき火などを可能とし、「自分の責任で自由に遊ぶ」を基本ルールとした遊び場のこと。
 樹上に築いたやぐらからの眺めや爽快感は格別なのに、そこでスマホなんか見ていたら取り上げたくなります。
 それにしても女の子ばかりとは、どういうこと? われわれも親をガッカリさせたように、子どもに期待することは間違いと思いながらも、「仕方ないじゃん」と言われたら力が抜けてしまいそうです……

2016/03/21

珍しいものを見る目──代々木上原

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2016.3.21にアップしました。

 小田急線の車窓から見えるモスクは、「東京ジャーミイ・トルコ文化センター」として2000年に再建されたもので、現在は再建を支援したトルコ大使館に所属するそう。
 トルコの前身オスマン帝国(多民族・多宗教国家)は、第一次世界大戦の敗北で分断されて以来、民族問題や隣国との火種を抱えます。
 ムスリムの国籍は多様であっても、どの国でも同一の教典が読まれるのですから、「目には目を…:犯した罪は自分に返ってくる(犯罪抑止が本来の趣旨)」の解釈は同じであるべきで、過激派組織の勝手な解釈は許されるものではありません……

2016/03/14

路地をさまよう習性──原宿

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2016.3.14にアップしました。

 週末の表参道は上京組が多いため、目的を持った(バーゲン?)人の流れに見えますが、路地にあたるキャットストリートには、のんびり散策を楽しむ雰囲気が感じられます。
 ここは、暗きょ化された旧穏田川(渋谷川)上に整備された遊歩道で、路地に潜む店舗を求めて歩く若者の姿は、新橋の路地裏をさまようオヤジと変わらないのでは?
 右はキャットストリート(右)と旧隠田川(左)の分岐点で、以前同じ場所の写真を目にした記憶があるが、誰が撮ってもおもしろい絵に……

2016/03/07

記憶の上書きが可能な町──新宿

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2016.3.7にアップしました。

 渋谷川支流とされる旧原宿川沿いの通りには、ウインドウショッピングや散策が楽しいシャレた雰囲気の店舗が、北参道方面へと続きます。
 ですがそんな地域も、終戦直後は都内屈指の「温泉マーク街」(懐かしい表現)とされたそうで、所々に残る古い建物に息づく生活感からは、世代交代を含む「地域更新」は始まったばかりとも。
 そんな地域再生を後押しするのが、以前の記憶が上書きされても「仕方ない」とあきらめ、前しか見ようとしない東京という町の「都合のよさ」かも知れません……

2016/02/29

爆買い最後の春?──新橋

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2016.2.29にアップしました。

 中国の春節休み中の銀座八丁目付近には、視界の中はすべて中華系観光客で埋め尽くされているのでは? という光景が広がります。
 歩行者天国手前では、次々到着するバスから観光客がゾロゾロ降りてきますし、観光客目当ての中華系路上セールスが待ち構えていたりと、言葉ばかりか空気にも「ここは日本じゃない!」との喧噪感が漂います。
 中国バブルの雲行きもあやしそうなので、春の風物詩(?)の爆買いツアーも見納めとなるかも知れません。売り上げが落ちる時期を「二八(にっぱち)の救世主」に助けてもらったんだから、自立せにゃと言いたいところですが……

2016/02/22

オヤジの聖地包囲網──虎ノ門

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2016.2.22にアップしました。

 新橋周辺では、汐留再開発、イタリア街に続いてシャンゼリゼと、オヤジの聖地包囲網が迫り、JR高架橋の耐震補強工事によりガード下の古い店舗が整理されたりと、再開発は秒読み段階なのか?
 近ごろの繁華街では、高度成長期を支えた建物が更新時期をむかえると、地域のイメージアップに再開発計画を考えたくなるらしい。
 オヤジの街頭インタビューで露出が多いことよりも、「新しい街に生まれ変わりました!」と、胸を張りたいようです。
 再開発後のこぎれいな飲み屋で、行儀よくお飲みなさいとされても、居心地の悪いオヤジたちは立ち寄らなくなります。
 動き始めたら、あれよあれよとオヤジの聖地は消えゆくのか……(右は愛宕神社の結婚式)

2016/02/15

坂との付き合い方 ──紀尾井町

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2016.2.15にアップしました。

 上智大学脇から大刀洗川支流の清水谷が始まり、ホテルニューオータニ前に清水谷公園の緑が残ります。明治維新の立役者大久保利通は付近(紀尾井町)で暗殺されたため、公園に追悼碑が建てられます。
 紀尾井町の名は江戸時代、紀伊(紀州徳川家)、尾張(尾張徳川家)、井伊(井伊家)の屋敷があった地、に由来するそう。
 屋敷の作庭には、急な斜面もおもむきとして活用できますが、そんな場所を町にすると、突然の階段や無理矢理坂道にする箇所が生じます。旧赤坂プリンスホテルの建て替えでは、「これが現代の坂との付き合い方」と言うかように、なだらかな坂の部分まで掘り返してビルを建てていました(赤坂じゃなくなっちゃう?)……

2016/02/08

新たな夢を築く地──国立競技場跡地

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2016.2.8にアップしました。

 解体・整地後は、 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向け、新たな夢を築き始めるはずの国立競技場跡地は野ざらしのままです。
 競技場設計やエンブレム見直しの際に「透明性を重視」と耳にしたが、競技場設計ではA案・B案をチラッと見せて、すぐに決定されました。不正防止のため応募詳細を公表しない姿勢は理解するも、国民が抱く不信感の払しょくにもう少し努力が必要ではなかったか……

2016/02/01

谷で接した「天と地」──赤坂御用地

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2016.2.1にアップしました。

 鮫ケ橋は元の鮫川に掛けられた橋で、付近で信濃町駅方面からの千日谷と合流するためたびたび氾濫したらしく、下水となった現在も隣接の公園地下には調整池が設置されます。元の流れは赤坂御用地の池に注ぎ外濠に至りましたが、江戸期の付近には火葬場・岡場所(私娼の歓楽街)があり、明治期は東京最大の貧民窟だったとのこと。
 赤坂御用地の正門である「鮫が橋門」はその橋のたもとにあります。1873年(明治6年)皇居が焼失し明治天皇がこの地に移った際は、治安の悪そうな門を出入りしたのだろうか?
 当時の元帥にそんな心配は無用かも知れないが、庶民はどんな思いで眺めていたのだろう……(右は迎賓館)

2016/01/25

ランナー&ライダーの聖地──皇居外苑

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2016.1.25にアップしました。

 竹橋交差点で信号待ちの際、すぐ脇から複数の「ガチャガチャ」音が聞こえてきます。北の丸公園への坂道に向かうバイク(自転車)集団のギアチェンジの音です。
 上り坂は、離されると差が広がる踏ん張りどころなので、懸命な姿には迫力があります。
 歩道を走るランナーと違い、車道を走る自転車は信号に止められそうですが、あるタイミングで信号を通過できれば、いくつか先の信号までスルーできる、などのプランがありそうです……

2016/01/18

国が反省を示す地──北の丸公園

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2016.1.18にアップしました。

 若者も「武道館」と漢字で書けるでしょうが、コンサート会場と認識する人の方が多いように感じます。この施設は、柔道が1964年東京オリンピックの正式種目とされた際に会場として建設されたもの。
 その後柔道は世界に広まり、日本の金メダルはゼロの大会もあるほどですから、世界の柔道家には講道館同様の聖地かも知れません。
 五輪から2年後のビートルズのコンサートに際し、「日本の武道を冒涜する」の声が上がるのも分かる気がしますが、「BUDOKAN」はいまや世界のミュージシャンに知られる存在となりました……

2016/01/11

江戸城をめざした玉川上水──半蔵門

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2016.1.11にアップしました。

 玉川上水の終点、四谷大木戸から半蔵門へと続く新宿通り沿いの、麹町付近で発見された江戸水道幹線の遺構は、江戸城内に上水を供給するための施設とのこと。
 これまで、玉川上水のおかげで武蔵野台地に耕地が広がったと紹介しましたが、最大の目的は江戸城への上水供給なので作物も大切ですが、当然将軍様の上水確保が最優先でした。
 以前は内濠に供給されるも、現在は最下流の馬場先門付近から取水〜浄化し、付近に放水するそう。
 半蔵門周辺には通ったことや訪問の機会も多かったが、記憶からスポッと抜けていたため、忘却の彼方から呼び戻しながらの楽しい散策となりました……

2016/01/04

年末年始の風景──東京都、神奈川県

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2016.1.4にアップしました。

 現在、鎌倉鶴岡八幡宮参道の「段葛:だんかずら」は補修工事中で通行できません(2016年3月完成予定)。桜並木も植え替えているらしくお花見もお預けとなりそうですが(すぐキレイには咲かないでしょう)、いつかやらねばならないのでしばらくは我慢のようです。
 2010年3月に倒れた大銀杏の古木と、「ひこばえ:若芽」のサイズ感の違いに、樹齢1000年とされた大木となる頃は、この国はどんな姿になっているのか? とも。
 これまた1000年続くのであろう、新年の神職アルバイト諸君が持ち場へ向かいます……

2015/12/28

空の広さも皇居の魅力

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【東京都】──「内濠を歩く_1」
2015.12.28にアップしました。

 高校生時分は映画『スター・ウォーズ』第一作(エピソード4)を、当時の日劇で観たいとミーハー的感覚で映画街に足を運びましたが近頃は機会も減り、ビル群を抜け皇居に接した際の「空が広い!」感慨も忘れていました。
 近頃ではビルが高くなった分、そのインパクトは大きくなったのではないか?
 新作『スター・ウォーズ』公開の騒ぎはどうかと思いましたが、ハリソン・フォード&ファルコン号をチラつかせる宣伝には、第一作のワクワク感がよみがえってきます……

2015/12/21

潮が香る町名──日本橋○○町

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【東京都】──「日本橋川を歩く_5」
2015.12.21にアップしました。

 小網神社の「どぶろく祭り:新嘗祭」で「ススキミミズク」(有料)が配られる慣習は、川向こう「茅場」町が一面の葦原だった時分から続くのではないか。
 右は同神社の、まゆにおみくじを入れた「まゆ玉おみくじ」で、そんな使い方は「おカイコ様に申し訳ない」ように思うが、一本の糸で紡がれたまゆのように「縁が一本の糸で結ばれますように」と願うものらしく、その説得力に女性が引き寄せられています……

2015/12/14

西洋化の実験場──兜町

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【東京都】──「日本橋川を歩く_4」
2015.12.14にアップしました。

 明治維新当時の周辺は「西洋化の実験場」のようで、競って西洋風の建築物を造りましたが、関東大震災の被害を受けたことで、耐震性を意識した「日本向け西洋建造物」が生み出され現代に至ります。
 銀行:第一国立銀行、郵便局:日本橋郵便局、百貨店:三越など「日本で初めて」とされる施設が、五街道起点の陸路や、当時日本橋にあった魚河岸への水路が開けた、流通の中心地で始まったのは当然と言えそうです。
 付近に通された日本初の私鉄「馬車鉄道」は、路面電車〜東京市電(後の都電)となります……

2015/12/07

日本の中心を歩く──日本橋

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【東京都】──「日本橋川を歩く_3」
2015.12.7にアップしました。

 右は日本銀行の紋章で、6個の千両箱の上に立つライオンが、両側から「日」の図案を支えます。
 建物の設計者 辰野金吾(東京駅も設計)が、イギリスの国章など、ライオンをあしらう欧州の紋章にならったものらしいが、日本と関わりのない動物ですから、それこそ「欧米か!」です。
 当時日本であまり知られない動物を用いることで、「開国の世」をアピールし、視線を世界に向けさせる狙いがあったのか?
 「聖徳太子像の5千円札」の絵柄として馴染みのある世代は、ガキでも「百獣の王」の認識を持っていましたから、「強さ」の象徴程度には感じていたのだと思います……