2015/08/17

川辺に駅を誘致した──旧谷端川-1

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【東京都】──「神田川を歩く_30」
2015.8.17にアップしました。

 以前、山手線大塚駅に地下鉄建設が計画されるも、旧谷端川に面するため困難とされたそうですが、現在の鉄道路線が旧谷端川と交差する付近には、どこも駅が存在します。
 都市化により川は姿を消しても、町が水辺に発展した痕跡は駅という姿で残されます。
 そして、町をつなぐ役割は鉄道に引き継がれています……

2015/08/10

「闇市の本場」池袋──旧水窪川

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【東京都】──「神田川を歩く_29」
2015.8.10にアップしました。

 池袋から少し離れた自衛隊朝霞駐屯地には終戦まで陸軍施設があり、米軍接収後「キャンプ・ドレイク」とされ、朝鮮戦争・ベトナム戦争の後方支援基地となります。
 基地からの流出品が集まる池袋では闇取り引きが横行し、当時「闇市の本場」と表現される地域だったようです。
 巣鴨プリズン(戦争犯罪人の収容施設)は、接収前+返還後も東京拘置所とされたため、地域にとってサンシャインシティの再開発(1978年)は、まさに日が昇るような希望の光だったのではないか……

2015/08/03

旧川筋に続く営み──旧弦巻川

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【東京都】──「神田川を歩く_28」
2015.8.3にアップしました。

 池袋ウエストゲートパーク(西口公園)では「東京フラフェスタ in 池袋」が開催されています。
 152チーム(約4,000人)の老いも若きも(子供たちも練習する)が集結するイベントですが、ムームー(ハワイ女性のドレス)姿のおばちゃんが多く、喫煙所はスナックママの溜まり場のよう……
 われわれには「フラダンス」の表現がなじみますが、「フラ」はダンスの意味も含むハワイの宗教的総合芸術を意味します。
 こちらも宗教的行事とされるリオのカーニバルでは、サンバでパッションを爆発させますが、島国育ちとしてはフラに込められる心情に親近感を覚えます……

2015/07/27

中国人観光客にかなう者なし──秋葉原〜柳橋

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【東京都】──「神田川を歩く_27」
2015.7.27にアップしました。

 「クールジャパン」とは国内発信の仕掛けらしく、秋葉原を訪れる欧米人のサブカルチャー熱は継続しているようですが、いまや中国人観光客にかなう者なし!
 写真奥の「爆買い客」が団体で押し寄せますから、メイド娘の背筋も緊張しているように見えます。
 横付けされた観光バスのトランクに段ボールを積み込む様子を目にし、日本の経済成長期の明るい未来と夢に満ちた時代を経験したかった、と思ったりします。
 しかし、どのみち破綻するであろうChina Dreamを、少しでも持続させようと資源(国益)獲得をもくろむ身勝手な海洋進出は、周辺国に「盗人」としか映りません……

2015/07/20

東京駅が背負うもの

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【東京都】──「雨の日企画」
2015.7.20にアップしました。

 日本のセントラルステーション東京駅には様々な思いが交錯するため、駅構内は結構歩きにくかったりします。
 大きな荷物を引く人には注意を払うも、ビジネスマン姿には相手も避けるだろうと思うと、出張でとまどう人だったり……
 以前八重洲口にあった鉄道会館ビルには、代名詞の大丸東京店ではなく、不慣れな上京者を支える都道府県の出張所(アンテナショップ)が並ぶ「東京の迷子案内所」の印象が残ります。
 首都の玄関口である東京駅には外観の威厳も大切ですが、ソフト面でも多くを求められています……

2015/07/13

アーチが生かされる──旧万世橋駅

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【東京都】──「神田川を歩く_26」
2015.7.13にアップしました。

 旧交通博物館の閉鎖〜周辺の再開発に伴いレンガ造りの旧万世橋駅が整備され、2013年「マーチエキュート神田万世橋」として生まれ変わりました。
 アーチで区切られた店舗は小規模なので手作り感や身近さが伝わりますし、店舗裏の抜け道のような通路には、アメ横の下町探索のような楽しさがあります。
 旧駅舎や万世橋の雰囲気に加えて、川の護岸を手入れすれば、ここどこ? というレベルを目指せるのではないか?
 川面は海水の影響もあり難しそうですが、その整備を最終目標としましょう!

2015/07/06

水路のジャンクション──飯田橋・水道橋

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【東京都】──「神田川を歩く_25」
2015.7.6にアップしました。

 江戸開府当初は、後楽園付近にあった沼の水を上水に利用しましたが、水量の減少と質の悪化により井の頭池(善福寺川、妙正寺川)水系を水源とすべく整備を進めます。
 JR中央線水道橋〜お茶の水間南側の丘陵地に、山を開削して通された神田川の上方を神田上水が渡る、御茶ノ水の懸樋跡(かけひ:神田方面に送水する水道橋)の案内があります。
 上水は自然流下方式のため、高台から高低差を利用して送水する必要がありました。それを理にかなう事と受け止めた江戸庶民の高低差に対する感覚は、われわれよりもはるかに敏感だったのではないか、と思ったりします……

2015/06/29

教会と結婚式場の違い──目白台

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【東京都】──「神田川を歩く_24」
2015.6.29にアップしました。

 この日は日柄が悪いのか、椿山荘の結婚式は少ないようでも、「♡型」の目をした下見カップルの女性を多く見かけます。
 日本人が教会から連想するのは「結婚式場」で、求められるバージンロード(未見)、石造り的な鐘の塔と、ライスシャワーを受けるテラス(階段)を備える施設は、式場には必須です。
 右は隣接の、カトリック東京カテドラル関口教会で、宗教施設ですからスピリチュアルなデザインは当然ですが、魂が吸い取られそうな光景に、不信心者は「ステンドグラスがキレイ」で十分ではないかと思ってしまいます……

2015/06/22

素通りできない鬼子母神(きしもじん)

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【東京都】──「神田川を歩く_23」
2015.6.22にアップしました。

 普段は寺社の参道並木を、聖域に入る際のお清めと感じますが、この並木の印象は「ただいま」「久しぶり!」と知人に再会し、「変わらずで何より」とホッとする気分に似ています。
 その先は人々の暮らしに通じるので、生活感の多様さを未知との遭遇として受け止められれば、とても楽しめそうな空間に思えます。
 参道並木の大木が残され、人の落ち着ける道幅(間合い)が昔と変わらないおかげで、下町より少し距離感を保つ町並みには、人ごみとは違う「活気」が感じられます……

2015/06/15

品格を失った資産家の町──目白

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【東京都】──「神田川を歩く_22」
2015.6.15にアップしました。

 江戸時代、現在の椿山荘近くにあった新長谷寺(しんちょうこくじ)の不動明王像が、江戸五色不動のひとつ「目白不動」とされ、一帯は目白と呼ばれるようになります。
 江戸時代に大名別邸や旗本屋敷が並んだ一帯は、明治維新後に国の所有とされ、山縣有朋が購入した土地は「椿山荘」のルーツなど、華族や資産家等に売り払われます。
 旧学習院移転も元公家の院長が誘致し、戦後「学習院大学」となっても皇族が通う慣習は続きますが、以前の「資産家≒社会的責務」の精神は失われ、単なる金持ちの「資産家ヅラ」による品格の低下から、皇室の学習院離れが進んでいるのでは…… 

2015/06/08

のれんの花咲く川辺──中井〜目白

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【東京都】──「神田川を歩く_21」
2015.6.8にアップしました。

 神田川・妙正寺川流域には江戸時代からの染色技術が伝えられ、昭和30年代まで京都・金沢に並ぶ染色関連業の三大産地とされました。中井駅付近の妙正寺川沿いでは、いまも技術を受け継ぐ職人・作家たちが活動を続けています。
 その地場産業を盛り立て、 落合・中井を「染めの街」として発信する「染の小道プロジェクト」が2011年に立ち上がります。
 反物が妙正寺川を飾り、商店街店舗の軒先に「のれん」の花が咲く姿を想像すると、一度足を運ばなきゃ、と思いはじめています……

2015/06/01

鎮守の森と文化財の価値──練馬〜江古田

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【東京都】──「神田川を歩く_20」
2015.6.1にアップしました。

 絵馬奉納所に漂う「森を敬う」空気感は、古来の「八百万の神」から続く精神として、肌で感じられます。
 背後に旧国立療養所中野病院建設前は、樹木がこんもりとした丘陵地で「鎮守の森」にふさわしい環境だったようですが、現在この裏は造成され「はげ山」とされます。
 その森に育まれたであろう「江古田獅子舞(鎌倉時代から続く)」を、中野区指定無形民俗文化財に指定しながら、「鎮守の森」を「公園の森」と同様に境界線で区切る行政の姿勢は、地域文化を衰退させる危険性をはらんでいるのではないか……

2015/05/25

水場は暮らしの中心──新井薬師

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【東京都】──「神田川を歩く_19」
2015.5.25にアップしました。

 新井薬師 梅照院の新井とは、新たに掘られた井戸の意で、行列こそないがひっきりなしに水を汲む人が訪れます。
 ヤンキー系の若い兄ちゃんが水を持ち帰る姿に、「中野のおいしい水」には反抗できないのか、とも。
 水場を囲む人々の暮らしは時代を問わないと思うが、時代と共にありがたみの意味は変わりますから、水道代節約のためだったらどうしましょう……

2015/05/18

白鷺の町──鷺ノ宮

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【東京都】──「神田川を歩く_18」
2015.5.18にアップしました。

 西武新宿線鷺ノ宮駅にほど近い、鎌倉に源氏の礎を築いた源頼義が建立した鷺宮八幡神社の境内では鷺が多く見られ、「鷺宮大明神」と呼ばれたのが地名由来とされます。
 白鷺が多かったようで、神社周辺には響きのいい「白鷺」という地名が残ります。
 西永福の大宮八幡宮と同様、流れの畔に建てられたのは、水を尊び恵みを願う思いによるのでしょう……

2015/05/11

G.W.はまったりと……──葛西臨海公園

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【東京都】
2015.5.11にアップしました。

 G.W.の空気感に触れようと、葛西臨海公園に足を運びました。
 ここは、東京都が東京湾の汚染や埋め立てで破壊された自然環境を再生しようと整備した都立公園で、荒川の対岸は新木場、旧江戸川の対岸は東京ディズニーランドに接します。
 海辺の公園なので「空が広い!」開放感がありますし、広さも小金井公園と同規模ですから、安・近・短組には絶好の施設です(陽気もいい日でした)。
 せめてG.W.には「海に接したい」が東京湾という情けなさには、「島もごぶさた〜」と、寝た子が目を覚ましそうです……

2015/05/04

じっとしてられない季節!──妙正寺池

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【東京都】──「神田川を歩く_17」
2015.5.4にアップしました。

 春の嵐に続き「夏日」の到来に、心身ともに戸惑う大人と違い、陽気を誘いとして受け止め本能に従う子供たちは、「思わず飛び出してきた」という表現がピッタリです。
 そんな本能とは、季節がわりを全身に感じさせ、体内時計の季節感を進めるための「生命の知恵」とも言えそうですから、「電車内が暑い」「エアコン入れろよ!」の場ではなく、太陽の下で感じたいと思ったりします……

2015/04/27

大地主屋敷も文化遺産──桃園川

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【東京都】──「神田川を歩く_16」
2015.4.27にアップしました。

 現在の東京では、大木群の下にあるのは寺社や公園ですが、付近には敷地内に大木を有し、門前に未舗装の私道を持つ大地主の屋敷がいくつもあるとは、たまげました。
 「左うちわ」の想像通り、地域貢献(寄付)に感謝される名士のようで、周囲から敬われる様子に「昔ばなし」の世界が思い浮かびます。
 ですが「このままの姿で保全して欲しい」文化遺産ですから、家主は代々の生活を強いられることになりそうです。
 現在の自分なら受け入れられる気がするも、「歴史を守る覚悟」を決めた心境を聞いてみたい気がします……

2015/04/20

銭湯という庶民文化──北新宿 vs 下落合

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【東京都】──「神田川を歩く_15」
2015.4.20にアップしました。

 かぐや姫『神田川』(作詞:喜多條忠)の歌碑が立つ対岸には、当時のアパート群が並ぶ昭和遺産が残され、「迷宮」のような町並みを歩くと「タイムスリップ?」かと方向感覚を失う瞬間があります。
 下落合の高台と対比すると、川沿いは吹きだまり的な地域で「窓の下には 神田川〜♪」には、そんな情景も込められていたようです。
 「青かった時代」を振り返る歌に、「一緒に入れる風呂付きの部屋」が、とりあえずの夢だった時代を思い出します。
 改めて考えると銭湯というのは見事な文化で、内風呂では周囲に迷惑をかけないためだらしなくなる部分も、きっちりと裸付き合いできていた気がします……(右は佐伯祐三アトリエ記念館)

2015/04/13

山と川の記憶をたどる──中野

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【東京都】──「神田川を歩く_14」
2015.4.13にアップしました。

 中野駅北口には平坦な印象があるも、南口には紅葉山公園の名を持つ施設があります。
 それは、南側を流れる桃園川が武蔵野台地を浸食したためで、川から見上げると確かに山のように見えます。
 ですが現在、公園に紅葉する植物は少ないらしく、桃園川は暗きょとされ、名残りは地形だけとなりました。
 公園に隣接する「なかのZERO:もみじ山文化センター」が旧中野公会堂跡と知り、これまでの「中野サンプラザ=中野公会堂」という思い込みの間違いに気付きました……

2015/04/06

社にふさわしい土地柄──西永福〜方南町

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【東京都】──「神田川を歩く_13」
2015.4.6にアップしました。

 西永福駅の案内で大きく扱われる大宮八幡宮は、1063年源頼義(源氏の祖とされる頼朝の高祖父(ひいひいじいさん))が建立した、武蔵国の三大宮(秩父神社、大宮 氷川神社:埼玉県)のひとつとされる歴史ある神社です。
 境内の湧水を霊水とした「多摩清水社:たましみずのやしろ」が祭られますが、裏手を流れる善福寺川では、水路改修工事が行なわれています。
 洪水に備える調整池が点在する現在も水利の要とされますから、こんな地にこそ「水神:龍や蛇」が祭られるべきではないかと、社を建てた頼義の動機を理解できるような気がしました……