2017/03/27

よみがえる記憶は祈りに──奥沢

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2017.3.27にアップしました。

 利用する機会はなくなりましたが、東急目黒線 奥沢駅付近からは、東日本大震災の晩の記憶がよみがえります。
 交通網がマヒし、勤め先の六本木から当時暮らした新丸子へ向かう途中の駅から、「間もなく運転再開」の案内が聞こえた瞬間の安堵感は忘れられません。
 普段なら幹線道沿いを歩くと思うも、鉄道沿いにこだわったのは、運転再開時の空気感を共有したかったようです。
 あの晩、家路を歩いた人々が体験した特殊な「一体感」を忘れない限り、よみがえる記憶は大震災被害への祈りになるものと……

2017/03/20

おしゃれな町は気取らない──自由が丘

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2017.3.20にアップしました。

 久しぶりの散策を楽しみましたが、生活圏の変化や年齢を重ねたためか、町の見え方や受け止め方が変わったように。
 以前は、駅から女性が多い町に踏み出す際、先の読めない動きをどう避けるか身構えましたが、生活圏から離れ急ぐ必要がなくなったせいか、ブラブラしながら急に踵を返す女性の脇をすり抜けられたりします。
 「何か楽しいモノない?」の散策と、「おもしろい絵はない?」とカメラを下げて歩く気分が似てると感じるのは、関心のない存在をスルーする判断が速いためか……

2017/03/13

世田谷の香り──等々力

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2017.3.13にアップしました。

 周辺に点在する体験・市民農園は、遊休農地を貸す・売る・転用が制限されるため、農地を遊ばせるよりはマシと、収入は少なくても市民向けに提供されるようです。
 右の農園は無農薬が売りとしても、ここまで必要? というネット掛けのサービスに驚きます。都心では出荷品並に配慮された体験農業への関心が集まるようですが、普段口にする作物が育てられる環境こそ知っておくべきでは? と思ったりします……

2017/03/06

うるおいを肌で感じる──都立大学

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2017.3.6にアップしました。

 2012年完成の東京工業大学「環境エネルギーイノベーション棟」(右)は、二酸化炭素の排出を削減し、棟内消費電力をほぼ自給自足できるエネルギーシステムを持つそうで、ソーラーパネルに覆われる姿を線路脇でアピールしています。
 左側に先導原子力研究所が隣接しますが、原発事故から6年が経過し、元凶は制御できないものを世に出した政策とお粗末な運用機関にあり、原子力研究ではないとの論点整理はできても、アレルギー(拒絶反応)は消せません(原子力を志す若者が減ったのも当然です)。
 設備のすごそうな施設がところ狭しと並ぶ敷地は、大学というより研究施設の印象を受けます……

2017/02/27

区画整理のこころ──柿の木坂

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2017.2.27にアップしました。

 表通り発展の際、裏側の水路やあぜ道沿いに広がった、迷宮の様な家並みの区画整理は難しいらしく、代替わりの家が定着しています。
 一方、奥まった旧耕作地一帯は計画的な整備により、区画が整えられた町並みが広がります。
 集落は街道や水場を中心に発達しますが、離合集散を繰り返すことから形状は複雑になり、地元意識も揺れ動きます。
 そんな状況を目にすると、もし地形を考慮した行政区分で心情が割り切れるなら、それぞれの区にインフラ事業を割り振ることで、効率的な区画整理ができたのでは、と思ったりします……

2017/02/20

スポーツが地域文化──駒沢

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2017.2.20にアップしました。

 駒沢オリンピック公園の大階段下広場は、フリーマーケットが開かれるような場所ですが、片隅に設置したバスケットゴールの元には、多くの若者が集まります。
 男女を問わず気軽にできるバスケットボールやフットサルは、スペースがあればどこでも楽しめそうですが、公園など広い場所でも「キャッチボール禁止」ってのは、より危険という認識のためか?
 競技用施設に加えフランクな場が増えたおかげで、気軽に体を動かす人の輪が広がった周辺では、「スポーツが地域文化」とも言えそうです……

2017/02/13

早咲きの桜がキモ──桜新町

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2017.2.13にアップしました。

 梅の咲き始めにしてはピンクの色が濃いと思えば、「さくらのえんむすび花帯:リボン」が満開の姿でした。
 結ばれている「えんむすびの木」は早咲きの河津桜(ここがキモらしい)なので、もうつぼみがふくらんでいます。いまどきの季節に祈願すれば、成就も早咲きとなるかも? 縁が結ばれたら、今度はサザエさん一家のような温かい家庭を築けるよう祈るのだそう。
 春を待つ気分には明るい期待感があるので、他人に対しても「早く春が来ますように!」と、無責任に応援してしまいます……

2017/02/06

有効な犯罪予防策とは?──大井

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2017.2.6にアップしました。

 鈴ヶ森刑場は、江戸開府から急増した浪人の犯罪対策として、1651年江戸の東海道入口に開設され、江戸に入る者への「みせしめ」として残忍な処刑が行われました(京都三条河原と同じ)。
 「みせしめ」は抑止力となるが、犯罪の芽を摘むことはできません。発想を転換した、現在の更生を目指す取り組みでも再犯を防げず、答えを見い出せない状況は変わりません。
 かつては大名行列が通り、現在も交通量の多い第一京浜に接するため、霊は戻りそうにないが、供養塔では普遍的な「人間の尊厳」が祈られるのではないか……

2017/01/30

引き返せない橋──大井町

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2017.1.30にアップしました。

 立会川に架かる旧東海道の泪橋(現 浜川橋)では、江戸時代の鈴ヶ森刑場で処刑される罪人を、涙で見送ったと伝わります。
 南千住駅付近にあった仕置場の小塚原刑場近くにも、この世との別れの場とされた泪橋があり、漫画『あしたのジョー』では橋の下に丹下段平のジムがある。
 川の名称由来には、「太刀合い説:戦国時代の北条氏と上杉氏が川を挟んで合戦した」もあるが、「泪橋説:見送る(立ち会う)」を支持するのは、罪人であれ処刑を悲しむ人がいたことを、戒めとして伝え続けるべきと思うためです……

2017/01/23

尻で感じる懐かしさ──旗の台

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2017.1.23にアップしました。

 池上線・大井町線 旗の台駅ホームの長椅子には味わいがありましたが、大井町線ホームに続き池上線 五反田方面ホームも改修中のため、残るのは右の蒲田方面ホームだけとなり、滑り込みセーフの感。
 腰が当たる箇所は傷むらしく、板を張り替えた「モノを大切にする精神」を、懐かしさと共にお尻で確かめたくなります。保存したい気持ちはあっても壁と一体化しているため、いずれ消えゆく運命のように。
 仕切られた新しいベンチより、脇に荷物が置ける長椅子の方が使いやすいし、酔い覚ましに横になると気持ちいいんだろうなぁ、とも(それが迷惑だから仕切るの!)。自分もやってたのか? 記憶にございません……

2017/01/16

地下水は土地の生命力──碑文谷

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2017.1.16にアップしました──今回から立会川を歩きます。

 品川用水(玉川上水の分水)が通された尾根筋(東急バス車庫と清水池の間)は、東:目黒川、西:立会川の分水嶺で、いまも双方の湧水を間接的に確認できます。
 都心部の湧水を上水利用するには浄水施設が必要なため、ほとんどは雑用水(飲用以外)利用もしくは下水に流されることに。対策費用は住民負担(屋外の下水は税金?)となりそうですが、丘陵地の南端まで流れる地下水脈は、保全すべきではないか?
 池の水が「湧水」と知り、見る目が変わる驚きは小さな事ですが、可能であれば後の世代に「あるがまま」を伝えたいと……

2017/01/11

人も物も集まる運河──天王洲

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2017.1.11にアップしました。

 最寄りはモノレール「天王洲アイル駅」という、運河沿いのマンション群で6,000もの人が生活できるのは、品川駅への専用シャトルバスのおかげとしても、ベイエリアでは足が心配になります。
 マンション脇にひっそりたたずむ「報知新聞社」を目にし、近ごろはオヤジもスマホをのぞくため、通勤電車でスポーツ新聞を広げる人が減ったのでは?(バス通勤なので分からない)とも。
 新聞の折り畳み技ができない人でも、手のひらで読めるようになりましたが、メガネを外さないと手元が見えないため面倒と感じるのは、オヤジ化に対する抵抗力も低下してきたか……

2017/01/05

10年続くとは……

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2017.1.5にアップしました。

 2006年夏に大阪へ転居し、当初はパラパラ届くメールに対処していましたが、どこまで伝えたかなど相手ごとのフォローがわずらわしくなり、全員が共有できるよう2007年1月にこのブログを始めました。
 それが10年続くとは、よっぽどやることがなかったとも思いますが、この機会に気に入った写真をみつくろい、振り返ってみようかと……

2016/12/26

江戸・東京の玄関口──北品川

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2016.12.26にアップしました。

 江戸期の品川湊は、江戸市中の浅瀬に向かう小型船への積み替え港としてにぎわったため、遊んで暮らす人(ビッグコミックオリジナル『浮浪雲』の生業は船問屋?)って、結構いたかも知れません。宿場と港が隣接する場所柄から、物語の猥雑な空気を想像するのは主客転倒でも、分かりやすい気がします。
 陸・海路とも江戸玄関口の認識から、品川台場を築きペリーを横浜まで退かせますが、律儀に玄関から入ってくるゴジラの上陸を自衛隊は防げませんでした……

2016/12/19

落書きしたくなる路地──目黒川河口

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2016.12.19にアップしました。

 旧東海道の商店街が景観保存に注力するおかげで(?)、脇の路地まで守られているように見えます。路地脇には、共同の手押し井戸とスペースが往時のまま残されており、家のすだれ越しにテレビの音声が聞こえてくる情景から、昭和期のガキ時分の記憶がよみがえってきます。
 この路地なら、路面にろう石で落書きをしても「道路で遊んじゃダメ!」と怒られないのではないか? なんて思うのはオヤジだけのようで、きれいな路面を目にすると、近ごろの子どもはそんな遊びはしないのか? とも。
 ですが、子どもが少ないとされたら、本当のノスタルジーに……

2016/12/12

再開発にも場数が必要?──大崎

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2016.12.12にアップしました。

 初めて歩いた五反田〜大崎間の目黒川沿いには、東京都主導の大崎副都心化により取ってつけたような「不自然な空間」が広がります。「家は3回建てないと満足できるものはできない」は、人生では不可能とも受け止められるように、住民の不満を耳にし都市計画側が「こうすればよかった」と後悔する部分がありそうな気がします。
 工場地帯の再開発から生まれた町の周辺には、まだ多くの工場が残りますから、今後も続く再開発で設計側・住民側双方が満足できる町が生まれるのかもしれません。
 でも、築地のような工場跡地の土壌汚染は大丈夫?

2016/12/05

旧木造駅が消える前に──戸越銀座

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2016.12.5にアップしました。

 12月11日に竣工セレモニーが行なわれた駅舎改修を、東急は「木になるリニューアル」としますが、以前も木造の駅舎でしたよね。木(気)になる設計者が不明なのは、時代が求める隈 研吾さんではないため?
 新駅舎を目にし、「いつまでもあると思うな東急線の旧木造駅」の日が近いことに気付かされます。現目黒線の駅はすべてリニューアルされましたし、大井町線 旗の台駅の木造ベンチも消えました。
 現存する「木造駅探訪」はテーマになりそうですし、今ならまだ格好になると思ったりします。
 右は、公募制推薦入学選考試験が終了した星薬科大学。

2016/11/28

埋葬に求める自由──上大崎

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2016.11.28にアップしました。

 福沢諭吉は生前、眺望のいい高台を気に入り自分で決めた墓所(常光寺:浄土宗)に埋葬されますが、宗派の違いから菩提寺の麻布十番善福寺(浄土真宗)に改葬されます(1977年)。
 その際、土葬された遺体を掘り起こすと、白骨化せずミイラの姿だったため(地下水やお茶の葉に包まれ守られたらしい)、改めて火葬し善福寺に埋葬されたそう。
 火葬が一般的になったのは戦後からで、八百万の神に始まる神秘的世界観からの解放により、戦後復興〜高度成長が生み出されたとも言えそうです。加えて近ごろでは、人並みを好む従順な国民からも、埋葬の自由(自然葬)を求める声を耳にするようになりました。
 それは自己から芽生えた(非宗教的)欲求で、DNAをルーツとする本能的な願望と考えると納得しやすい気がしますが、その先には何が広がるのかと……

2016/11/21

やはり夢は、お金?──羅漢寺川

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2016.11.21にアップしました。

 以前、東急バス 目黒営業所の車庫付近には、羅漢寺川支流の六畝(ろくせ)川水源の池がありました。2011年東日本大震災の夜に徒歩で帰宅した際、バス車庫の交差点を曲がり幹線道から離れた途端に、人の流れが少なくなった状況が思い出されます。そんな経験と共に、記憶に刻まれる場所となりました。
 右は、目黒不動参道にある鰻屋「八ツ目や にしむら」。高値で手が出ない近ごろは、ケチではないつもりでも、落語の「うなぎを焼くにおいでご飯を食べる」気持ちが分かる気がします。
 右のようにうなぎ好きは多いので(においが引き寄せるのか?)、研究者には是非、完全養殖を実現してもらいたい! と……

2016/11/14

支え合いの道筋──谷戸前川

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2016.11.14にアップしました。

 この日祐天寺では、十夜会(じゅうやえ:浄土宗寺院の念仏会)が開かれるため参道に花が飾られています。会場玄関前に並ぶ受付等のテント付近に、檀家送迎のために多くの僧侶や職員が立つ様子からも、行事の重要さがうかがえます。
 現在複数の施設が修復中の様子から、歓待は修復費用の寄付に対するものと察せられます。内訳は不明でも、勧進(かんじん:寺院・仏像の修復、再建の寄付を求める)というシステムは、やすらぎの提供という実体のない霊感商法のようでもあるが(失礼…)、それをよすが(縁)と求める姿は理解できるところです。
 この国を縁の下で支えた人々が眠る地を、檀家に支えてもらう道筋を守ることが、寺の役目のようです……(右は現代彫刻美術館)