2009/01/27

鰯の頭も信心から──浅草

【東京都】
2009.1.27 にアップしました。

 「今日は何のお祭りだい?」という相変わらずの人出ですから、やせ我慢でも「不景気の方が人が集まるのよ!」と威勢のいい声が聞こえたら「いよっ! 江戸っ子だねぇ〜」の声を掛けたくなるにぎわいは、元気を与えてくれます。
 浅草寺の起源を知ってからは「この寺を表現する言葉はこのタイトルだ」と思い込んでいるのですが、怒られますよね……

2009/01/19

京都から独立した気概──佛通寺

【広島県】
2009.1.19 にアップしました。

 中央に頼らなくても存続できる(この場合は京都)といった基盤や信念を、それぞれの地域で確立していくことが、いつの時代でも大切だと思われるのですが、経済的な側面を考えるとどんどん難しくなっていくようにも思われます。
 今どき「独立してやるぜ!」なんてたんかを切れる地方があったとしたら、こころ動いてしまうような気がするのですが……

2009/01/16

時をかける少女も困惑する?──竹原

【広島県】
2009.1.16 にアップしました。

 25年の月日が経過したとは思えないほど、映画に登場したそのままの風景がこの町には残されています。
 景観保存地区ではあるのですが、ここまできれいに残されているとは思いませんでしたし、そのような「残して、後世に伝えたい」という気持ちが、文化をはぐくむ原動力であることを「現在進行形」で感じることができて、とてもいい経験になったと思っています。

2009/01/14

橋で結ばれた──安芸灘とびしま海道

【広島県】
2009.1.14 にアップしました。

 ここ大崎下島の御手洗(みたらい)地区の家々には生花が飾られています。「軒下に一輪挿し活動」という女性たちの有志活動なんだそうです。
 江戸時代に「風待ち港」として栄えたそうで、とても開かれた気風を持ち合わせた港町のように思え、「次には、何がやってくるのかしら?」などと、「時代の風を待つ港」というような風情すら感じられます。

2009/01/12

取り残された──大崎上島

【広島県】
2009.1.12 にアップしました。

 しまなみ海道が通る大三島の西隣で、目と鼻の先にある大崎上島ですが、大きな島にもかかわらずこの周辺では、唯一陸路が整備されていない島になります。
 広島県内の大きな島で橋の架かっていないのは、ここと厳島神社のある厳島(宮島)だけと思われます。
 厳島に橋は架けない方がいいと思ってしまうので、ここだけが取り残された印象を持ってしまいます。

2009/01/09

ショイ!──道後温泉、別子

【愛媛県】
2009.1.9 にアップしました。

 四国松山を舞台にした『がんばっていきまっしょい』という映画があり、瀬戸内の穏やかでキラキラと輝く海の上を手こぎのボートが進んでいく姿に、瀬戸内海というとても身近に感じられる存在と、そこに暮らす人々とのかけがいのないつながりが見事に表現されているように感じられ、強烈な印象として焼き付いています……

2009/01/07

ピッチピチの、プリップリ!──しまなみ海道

【広島県】【愛媛県】
2009.1.7 にアップしました。

 ここまで来なければ食べられないモノがあるんです!
 オコゼ、マコガレイ、アコウダイ、みんなピッチピチの、プリップリ!
 魚のサイズが小ぶりなのがいいんですね。
 一匹丸ごと平らげると満足感を得られるのですが「次は何?」と、猫がエサをねだるような目をしているような気がしますもの。
 魚好きは瀬戸内に限りますねぇ(メバルも食べたかったなぁー)。

2009/01/05

ふるさとの包容力──尾道

【広島県】
2009.1.5 にアップしました。

 ふたりの関係は知るよしもなく状況も分からないのですが、高校生のころを振り返ってみると「何を話せばいいのか」と、考えれば考えるほど頭が真っ白になっているのでは、などと思いながらシャッターを切りました。
 船待ちの時から対岸に着くまでの間(乗船時間は3分)は、並んで時間を共有することができるわけですから、何とロマンチックな瞬間なのでしょう……

2008/12/21

グレートウォール──芝、汐留、東京タワー

【東京都】
2008.12.21 にアップしました。

 映画『三丁目の夕日』のように、東京タワーの近くに住んでいたわけではないのですが、子供心には東京の象徴的な存在だったのかも知れません。
 夕焼けの写真ではないのですが、そこに薬師丸ひろ子のセリフをイメージしてもらい
「大丈夫、来年はきっといい年になるわよ!」
 と締めるつもりだったんですが……

2008/12/16

篤姫も楽しんだ? 江戸の晩秋
   ──小石川、駒込、旧江戸城

【東京都】
2008.12.16 にアップしました。

 旧江戸城(皇居東御苑)二の丸庭園にある雑木林は昭和天皇の意向により造営されたそうです。
 その意図は見事で「華やかさだけが庭園ではない」(京都をまねる必要はない)との意志のようにも感じられ、そんな雑木林が気に入り、ウロウロとしておりました。
 ですが、痛い目(敗戦の経験)に遭ってからでなければ、庶民の気持ちに歩み寄ることができなかったわけですから、天璋院篤姫の力によるとされる「江戸城無血開城」の志(江戸の町を守りたい)を踏みにじったことになります……

2008/12/09

紅葉を求めて歩く「平和ぼけ」
   ──ヨコハマ・ヨコスカ

【神奈川県】
2008.12.9 にアップしました。

 「紅葉」は秋(10〜11月)の季語で、散り残った紅葉は冬の季語になるのだそうです。
 盛りを過ぎた風情を見つめる感性に対して、季節に線引きをすることも、ひとつの季節感なのかも知れません。

【Plus】GW=×Golden Week、○George Washington

2008/12/02

「江の島みたい」じゃない本家

【神奈川県】
2008.12.2 にアップしました。

 京都の清水寺や銀閣寺の土産物屋が並ぶ参道で「ここ、江の島みたいねぇ」との会話を耳にし「ホントよねぇ」と、返事しそうになったことがあります。
 関東方面(神奈川だけ?)では、道の狭い参道の両側に土産物屋が軒を連ね、いつでも祭りの縁日のように混雑して、思うように歩けない状況を「江の島みたい」と表現することがあります。
 これは、誰に教わるわけでもなく自然と口から出てくる方便(実感)みたいなもの、と思うのですが……

2008/11/25

空襲を免れた町──和田塚、由比ヶ浜、長谷

【神奈川県】
2008.11.25 にアップしました。

 古都を歩くとなると仕方ない面があるとはいえ、どうしてもお寺や神社巡りが中心となってしまいます。
 とても勉強になったのですが、少々食傷気味です。鎌倉には庭園のあるお寺が少ないことも理由のひとつと思われます。
 今回はのんびりと江ノ電沿線に沿って、路地をブラブラ歩きました。

2008/11/18

武力は権力を守るために──名越切通し、材木座

【神奈川県】
2008.11.18 にアップしました。

 逗子の市街から横須賀線の鎌倉へ抜けるトンネル方面の尾根付近を見ると、帯状に岩肌が露出している屏風岩のような光景が目に入ります。
 「大切岸」(おおきりぎし)という、山肌を削って作られた砦のような防衛施設だそうです。
 近くの名越切通しなども歩いてみると、幕府が都の防衛に必死だった様子がうかがえます。

2008/11/11

「正しい教え」とは?──幕府跡、日蓮宗寺院

【神奈川県】
2008.11.11 にアップしました。

 鎌倉時代は、仏教の「末法(まっぽう)」ととらえられ、鎌倉仏教といわれる浄土宗(法然)、浄土真宗(親鸞)と同様、日蓮宗(日蓮)も末法思想に立脚しているそうです。
 末法思想という響きからは「終末論」を連想してしまいますが、末法という概念には世情不安や天変地異は含まれておらず、「世も末」「この世の終わり」とは違うようなので、少し安心?
 でも、末法の時代は現在も続いているそうです……

2008/11/04

鎌倉は源氏一門の聖地──報国寺、朝比奈切通し

【神奈川県】
2008.11.4 にアップしました。

 鶴岡八幡宮の正面を右に折れ、鎌倉で唯一川らしい流れの滑川に沿って、横浜の金沢八景方面に向かう金沢街道が続いていきます。
 その細長い谷筋に、鎌倉・室町時代に活躍した一族の拠点があります。

2008/10/28

禅文化開花前夜──覚園寺、瑞泉寺

【神奈川県】
2008.10.28 にアップしました。

 さすが夢窓国師(禅僧で庭園設計でも知られる)と、京都にいくつもある庭園(天龍寺・南禅寺等)もとても素晴らしいのですが、鎌倉(東国)に唯一と言われるものに接した時の方が、その存在感が際立って感じられ、強いインパクトを受けました。
 「鎌倉で造るとこうなります」と言われてるような気がします。

 P.S. <ポニョの浦>

2008/10/21

異空間への入口──源氏山周辺

【神奈川県】
2008.10.21 にアップしました。

 「風が止まっている……」
 由比ヶ浜からの海風は谷筋に沿って山を越えていきますが、ここはちょうどその通り道のようで、峠に差しかかるといつでも海からの風が通り抜けていきます。
 ところがこの日はその風がまるっきり吹いてきません。何か悪いことが起こる前ぶれ?
 この緑のトンネルの向こう側には鎌倉の市街地があるのですが、その先は京都につながっていると思えた本日です。

2008/10/14

秋日和──北鎌倉

【神奈川県】
2008.10.14 にアップしました。

 北鎌倉の駅といえば、小津安二郎監督の映画『晩春』(だったと思う)で、笠智衆さんと原節子さんの父娘が並んで電車を待つ場面を想起してしまいます。
 とは言え、公開されたのは1949年といいますから、もう面影すら無いのも仕方ありませんね。
 しかし、もうあのような映画が作られることはないであろうと思うと、そんな面影を求めに訪れたい気持ちにさせられます……

2008/10/07

ドライフラワーのように守られた──極楽寺、長谷

【神奈川県】
2008.10.07 にアップしました。

 鎌倉大仏も当初は奈良同様の大仏殿があったものの、津波で流されてそれっきりの雨ざらし、となってしまったそうです。
 鎌倉の人たちにとっては「そのままでいい存在」であった、というところが現在の鎌倉を形作ってきたとも言えるような気がします。
 鎌倉時代以降は世間から見放されていて、かつては威光を放った寺院なども朽ちるままに放置され、地元の人々に親しまれる寺院等だけがドライフラワーのように守られてきた、というようにも思われます。