2017/02/06

有効な犯罪予防策とは?──大井

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2017.2.6にアップしました。

 鈴ヶ森刑場は、江戸開府から急増した浪人の犯罪対策として、1651年江戸の東海道入口に開設され、江戸に入る者への「みせしめ」として残忍な処刑が行われました(京都三条河原と同じ)。
 「みせしめ」は抑止力となるが、犯罪の芽を摘むことはできません。発想を転換した、現在の更生を目指す取り組みでも再犯を防げず、答えを見い出せない状況は変わりません。
 かつては大名行列が通り、現在も交通量の多い第一京浜に接するため、霊は戻りそうにないが、供養塔では普遍的な「人間の尊厳」が祈られるのではないか……

2017/01/30

引き返せない橋──大井町

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2017.1.30にアップしました。

 立会川に架かる旧東海道の泪橋(現 浜川橋)では、江戸時代の鈴ヶ森刑場で処刑される罪人を、涙で見送ったと伝わります。
 南千住駅付近にあった仕置場の小塚原刑場近くにも、この世との別れの場とされた泪橋があり、漫画『あしたのジョー』では橋の下に丹下段平のジムがある。
 川の名称由来には、「太刀合い説:戦国時代の北条氏と上杉氏が川を挟んで合戦した」もあるが、「泪橋説:見送る(立ち会う)」を支持するのは、罪人であれ処刑を悲しむ人がいたことを、戒めとして伝え続けるべきと思うためです……

2017/01/23

尻で感じる懐かしさ──旗の台

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2017.1.23にアップしました。

 池上線・大井町線 旗の台駅ホームの長椅子には味わいがありましたが、大井町線ホームに続き池上線 五反田方面ホームも改修中のため、残るのは右の蒲田方面ホームだけとなり、滑り込みセーフの感。
 腰が当たる箇所は傷むらしく、板を張り替えた「モノを大切にする精神」を、懐かしさと共にお尻で確かめたくなります。保存したい気持ちはあっても壁と一体化しているため、いずれ消えゆく運命のように。
 仕切られた新しいベンチより、脇に荷物が置ける長椅子の方が使いやすいし、酔い覚ましに横になると気持ちいいんだろうなぁ、とも(それが迷惑だから仕切るの!)。自分もやってたのか? 記憶にございません……

2017/01/16

地下水は土地の生命力──碑文谷

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2017.1.16にアップしました──今回から立会川を歩きます。

 品川用水(玉川上水の分水)が通された尾根筋(東急バス車庫と清水池の間)は、東:目黒川、西:立会川の分水嶺で、いまも双方の湧水を間接的に確認できます。
 都心部の湧水を上水利用するには浄水施設が必要なため、ほとんどは雑用水(飲用以外)利用もしくは下水に流されることに。対策費用は住民負担(屋外の下水は税金?)となりそうですが、丘陵地の南端まで流れる地下水脈は、保全すべきではないか?
 池の水が「湧水」と知り、見る目が変わる驚きは小さな事ですが、可能であれば後の世代に「あるがまま」を伝えたいと……

2017/01/11

人も物も集まる運河──天王洲

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2017.1.11にアップしました。

 最寄りはモノレール「天王洲アイル駅」という、運河沿いのマンション群で6,000もの人が生活できるのは、品川駅への専用シャトルバスのおかげとしても、ベイエリアでは足が心配になります。
 マンション脇にひっそりたたずむ「報知新聞社」を目にし、近ごろはオヤジもスマホをのぞくため、通勤電車でスポーツ新聞を広げる人が減ったのでは?(バス通勤なので分からない)とも。
 新聞の折り畳み技ができない人でも、手のひらで読めるようになりましたが、メガネを外さないと手元が見えないため面倒と感じるのは、オヤジ化に対する抵抗力も低下してきたか……

2017/01/05

10年続くとは……

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2017.1.5にアップしました。

 2006年夏に大阪へ転居し、当初はパラパラ届くメールに対処していましたが、どこまで伝えたかなど相手ごとのフォローがわずらわしくなり、全員が共有できるよう2007年1月にこのブログを始めました。
 それが10年続くとは、よっぽどやることがなかったとも思いますが、この機会に気に入った写真をみつくろい、振り返ってみようかと……

2016/12/26

江戸・東京の玄関口──北品川

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2016.12.26にアップしました。

 江戸期の品川湊は、江戸市中の浅瀬に向かう小型船への積み替え港としてにぎわったため、遊んで暮らす人(ビッグコミックオリジナル『浮浪雲』の生業は船問屋?)って、結構いたかも知れません。宿場と港が隣接する場所柄から、物語の猥雑な空気を想像するのは主客転倒でも、分かりやすい気がします。
 陸・海路とも江戸玄関口の認識から、品川台場を築きペリーを横浜まで退かせますが、律儀に玄関から入ってくるゴジラの上陸を自衛隊は防げませんでした……

2016/12/19

落書きしたくなる路地──目黒川河口

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2016.12.19にアップしました。

 旧東海道の商店街が景観保存に注力するおかげで(?)、脇の路地まで守られているように見えます。路地脇には、共同の手押し井戸とスペースが往時のまま残されており、家のすだれ越しにテレビの音声が聞こえてくる情景から、昭和期のガキ時分の記憶がよみがえってきます。
 この路地なら、路面にろう石で落書きをしても「道路で遊んじゃダメ!」と怒られないのではないか? なんて思うのはオヤジだけのようで、きれいな路面を目にすると、近ごろの子どもはそんな遊びはしないのか? とも。
 ですが、子どもが少ないとされたら、本当のノスタルジーに……

2016/12/12

再開発にも場数が必要?──大崎

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2016.12.12にアップしました。

 初めて歩いた五反田〜大崎間の目黒川沿いには、東京都主導の大崎副都心化により取ってつけたような「不自然な空間」が広がります。「家は3回建てないと満足できるものはできない」は、人生では不可能とも受け止められるように、住民の不満を耳にし都市計画側が「こうすればよかった」と後悔する部分がありそうな気がします。
 工場地帯の再開発から生まれた町の周辺には、まだ多くの工場が残りますから、今後も続く再開発で設計側・住民側双方が満足できる町が生まれるのかもしれません。
 でも、築地のような工場跡地の土壌汚染は大丈夫?

2016/12/05

旧木造駅が消える前に──戸越銀座

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2016.12.5にアップしました。

 12月11日に竣工セレモニーが行なわれた駅舎改修を、東急は「木になるリニューアル」としますが、以前も木造の駅舎でしたよね。木(気)になる設計者が不明なのは、時代が求める隈 研吾さんではないため?
 新駅舎を目にし、「いつまでもあると思うな東急線の旧木造駅」の日が近いことに気付かされます。現目黒線の駅はすべてリニューアルされましたし、大井町線 旗の台駅の木造ベンチも消えました。
 現存する「木造駅探訪」はテーマになりそうですし、今ならまだ格好になると思ったりします。
 右は、公募制推薦入学選考試験が終了した星薬科大学。

2016/11/28

埋葬に求める自由──上大崎

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2016.11.28にアップしました。

 福沢諭吉は生前、眺望のいい高台を気に入り自分で決めた墓所(常光寺:浄土宗)に埋葬されますが、宗派の違いから菩提寺の麻布十番善福寺(浄土真宗)に改葬されます(1977年)。
 その際、土葬された遺体を掘り起こすと、白骨化せずミイラの姿だったため(地下水やお茶の葉に包まれ守られたらしい)、改めて火葬し善福寺に埋葬されたそう。
 火葬が一般的になったのは戦後からで、八百万の神に始まる神秘的世界観からの解放により、戦後復興〜高度成長が生み出されたとも言えそうです。加えて近ごろでは、人並みを好む従順な国民からも、埋葬の自由(自然葬)を求める声を耳にするようになりました。
 それは自己から芽生えた(非宗教的)欲求で、DNAをルーツとする本能的な願望と考えると納得しやすい気がしますが、その先には何が広がるのかと……

2016/11/21

やはり夢は、お金?──羅漢寺川

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2016.11.21にアップしました。

 以前、東急バス 目黒営業所の車庫付近には、羅漢寺川支流の六畝(ろくせ)川水源の池がありました。2011年東日本大震災の夜に徒歩で帰宅した際、バス車庫の交差点を曲がり幹線道から離れた途端に、人の流れが少なくなった状況が思い出されます。そんな経験と共に、記憶に刻まれる場所となりました。
 右は、目黒不動参道にある鰻屋「八ツ目や にしむら」。高値で手が出ない近ごろは、ケチではないつもりでも、落語の「うなぎを焼くにおいでご飯を食べる」気持ちが分かる気がします。
 右のようにうなぎ好きは多いので(においが引き寄せるのか?)、研究者には是非、完全養殖を実現してもらいたい! と……

2016/11/14

支え合いの道筋──谷戸前川

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2016.11.14にアップしました。

 この日祐天寺では、十夜会(じゅうやえ:浄土宗寺院の念仏会)が開かれるため参道に花が飾られています。会場玄関前に並ぶ受付等のテント付近に、檀家送迎のために多くの僧侶や職員が立つ様子からも、行事の重要さがうかがえます。
 現在複数の施設が修復中の様子から、歓待は修復費用の寄付に対するものと察せられます。内訳は不明でも、勧進(かんじん:寺院・仏像の修復、再建の寄付を求める)というシステムは、やすらぎの提供という実体のない霊感商法のようでもあるが(失礼…)、それをよすが(縁)と求める姿は理解できるところです。
 この国を縁の下で支えた人々が眠る地を、檀家に支えてもらう道筋を守ることが、寺の役目のようです……(右は現代彫刻美術館)

2016/11/07

庶民性が売り──目黒周辺

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2016.11.7にアップしました。

 目黒駅前では都バス車庫跡地の再開発が始まり、オフィスビルと住宅用ツインタワーが建設中も、五反田側は高級住宅地(花房山)の高台に続く見晴らしのよさからか、365戸の億ションは完売らしい。
 ですが目黒といえば、大鳥神社 酉の市や、目黒のさんま祭を思い浮かべる方が多いのではないか。
 毎年大混雑する酉の市(今年は11月11・23日)に人が集まる理由は、希望を求める明るい表情を見れば理解できます。
 また、さんま祭の駅前を覆い尽くす煙や臭いは、他の町では迷惑とされそうですが、無性にそそられるのもこの町ならではという気がします。
 山手の町ながらそんなカラーを出せる地域性は、権之助坂沿いに根付いた庶民性が健在である証、と言えるようにも……

2016/10/31

「馬」の地名由来は頼朝──蛇崩川

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2016.10.31にアップしました。

 付近の上馬・下馬・駒沢通りなど「馬」に関する地名の由来は、源頼朝が奥州合戦に向かう際に生まれたとされます。
 頼朝の馬が蛇崩(じゃくずれ)の激しい沢の深みで命を落としたため、頼朝の「この沢は馬を引いて渡るべし」から、「馬引沢」→「下馬」と伝わったとのこと。現在も高台から下る坂には、流れの速かった様子がうかがえます。
 前回の馬事公苑付近に始まり、馬の地名を刻みながら流れ、目黒川に合流する中目黒で馬頭観音が守られる蛇崩川は、「馬の川」と呼べるようにも……

2016/10/24

五輪の準備が始まる──馬事公苑

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2016.10.24にアップしました。

 東京五輪の経費削減に動く小池知事を応援していますが、もう準備が始まる時期であることも確かです。
 馬事公苑は、1940年東京五輪(戦争のため中止)に向け開設された施設で、1964年東京五輪の馬術競技会場とされた施設も老朽化が目立つため、来年から2020年五輪に向けた改修工事が始まります。
 JRAの施設なので競技用設備は◎ですが、古いままのトイレは×。リニューアル後の姿を楽しみに。
 入道雲の写真は9月中旬のもので、遠出をはさみ季節外れとなりました……

2016/10/17

高みの心地良さ──駒ヶ岳〜大鹿村

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2016.10.17にアップしました。

 千畳敷カールへの道は険しく。菅の台バスセンター〜しらび平ロープウェイ駅間の路線バスは(一般車両通行禁止)、低速ギアで山道を30分登りっぱなし。路肩から崖を見下ろし「運転手に命を預けていいの?」の気持ちと、覚悟して乗るロープウェイの違いは、地に足が着けばジタバタできるとの意識によるようです。
 しらび平〜千畳敷間の駒ヶ岳ロープウェイ(1967年開通)の売りである、日本最高の高低差950m、日本最高所 千畳敷駅の高度2611.5mの迫力は圧巻ですし、このルート開設に挑んだ意欲に拍手をしたい!

2016/10/13

陸の孤島を遺産に──妻籠・馬籠

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2016.10.13にアップしました。

 右はパンフレット等で使われる光景らしいが、左右の木は江戸時代から生えていた? そんな関心が、宿場の歴史を身近なものに感じさせてくれます。
 当時の宿場町は、江戸←→京を行き来する旅人の雑多な会話で騒がしいも、様々な情報交換の場だったことでしょう。
 山間地においても、中心都市の情報を耳にできる宿場がにぎわった交通システムは、街道筋にある宿場の平等性を保っていたとも言えそうです。
 人づてに伝わる情報を、また聞きとして話半分で受け止める、おおらかさを持った時代の空気感が、いまも漂っているかのよう……

2016/10/08

地元の誇りを守る──木曽路

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2016.10.8にアップしました。

 「京都に負けない!」と驚いた立派な庭園は、山間地に広がる雲海をイメージし昭和期に造園されたもの。
 地元のヒーローである木曾義仲は、平氏を京都から追い出し一時は征夷大将軍となるも、評判の悪さ(政治力不足)から人望を失い源 義経軍に破れます。
 その後家系は絶えたとされるも、戦国時代の木曾氏が義仲の子孫を名乗ったように、時代を超えて地域の誇りとされ、菩提寺を守らねばとの強い意志を感じます。
 庭園に感銘を受けるのは、住民の願いが込められるためと……

2016/10/03

豊かな水が支える──松本

【タイトルのリンク先を指定できないため、本文はこちらからご覧下さい>>>】

2016.10.3にアップしました。

 以前、松本城が深志城と呼ばれた時分は、盆地に流れ込む川を濠に利用した浮城のような姿だったそう。松本駅の現住所が「深志一丁目」とされるように、駅前に限らず町中には多くの湧水が見られ、いく筋もの水路が残ります。
 J2リーグ松本山雅FCの試合があったらしく、EPSONのロゴ入りユニフォーム姿の集団を見かけます。長野自動車道脇に並ぶEPSONの工場群には驚きますが、大量の水を必要とする精密機器製造には最適な環境のようです。
 生活や城を守り工場を誘致した、水に支えられた「水都」と呼べるのでは……